神無月ですね

2017年10月09日

何か丁度いいくらいのボリュームのネタがないかなと思っていましたが、そう言えば10月じゃないですか。

10月は「神無月」と呼ばれ、全国にいる神様が出雲大社に集まる月だと言われたりします。
出雲では神様が集まっているので「神在月」と言うようですね。
そのせいでしょうか、日本全国の神社にいらっしゃる神様が不在になってしまう神無月には出雲大社以外の神社には参拝しても意味がない、とまで思われる方もいるようです。

実際は旧暦の10月で考えるべきで、出雲大社で「神迎祭(かみむかえさい)」から始まる神事が行なわれるのは今の暦ですと11月終わり頃からなのですが、そこは気にしないで下さい。(笑)
今の暦での10月も神無月と言うのは一般的な事です。しつこいようですが気にしては駄目です。^^;

神無月の語源ですが実は詳細不明で、神様が出雲大社に集まって他の所では不在になるからというのは俗説です。
神無月が神が不在だからと言う意味ではなく、「無」と言う字は「の」という意味であると言う説が有力です。つまり「神の月」と言う事です。
全国の神様が出雲に集まるので出雲では「神在月」、その他の場所では不在なので「神無月」というのは出雲大社の御師(参拝や宿泊の世話をする下級神職)が広めたと言われております。


まず、「出雲大社(正式には「いずもおおやしろ」と読みます)」の御祭神は「大国主大神(おおくにぬしおおかみ)」です。
因幡の白兎のお話しで兎を助けた(その時は大穴牟遲神(おおなむちのかみ)という名前でした)事でも有名な神様です。
大国主大神様は国津神と呼ばれる神様の主宰神、いわゆるトップの神様です。
国津神と言うのは地上に現れた神様の事です。他に良く知られているのは素戔男尊(すさのおのみこと)、木花之佐久夜毘売(このはなさくやひめ)、稲荷神として知られる宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)などの神様がおられます。

一方、天津神と呼ばれる神様達もおります。
こちらは高天原にいる神々または高天原から天降った神々を指し、良く知られているのは伊邪那岐(いざなぎ)や伊邪那美(いざなみ)、天照大神(あまてらすおおみかみ)などの神様がおられます。

主旨から外れますが、素戔男尊は天照大神様の弟なので天津神のはずですが、姉である天照大神様から不興をかって高天原から追放されたため国津神と言われますが、解釈は資料によっても曖昧で素戔男尊自身は天津神で、その子孫が国津神であるとしているものもあります。


話を戻して、大国主大神様は「葦原中国(あしはらのなかつくに)」と呼ばれる国を作りました。
そして、なんやかんやあって天照大御神様へ国譲りしたのです。その際に住居として天津神に建ててもらったのが出雲大社と言われています。
(古事記や日本書紀を読めば、どういう経緯か分かります)
つまり、出雲大社というのは国津神のトップの御屋敷ということです。

国津神のトップの御屋敷ですので、集まるのは国津神だけであるという説があり、天津神は神無月になっても出雲大社には出向かないと言われておりますので、天津神を祭神としている神社であれば神様はいると言う事になります。
ちなみに、国津神の中でも諏訪大社に祭られている建御名方神(たけみなかたのかみ)は出雲に行かないそうです。それは国譲りの際に、天津神側の建御雷神(たけみかづちのかみ)との力比べに負けて信濃の諏訪に追いやられ、今後はこの地から一切出ないと約束したからです。

いやいや、そうではなく国津神だけでなく天津神も集まるんだよという説もあります。
そうなると本当に各地の神社の神様が不在になってしまう、それでは困るとなったためなのか、留守番をしてくれる神様がいるとされています。
それが七福神の一人、恵比須神(えびすしん)です。
他にも金毘羅神(こんぴらしん)、竈神(かまどしん)と言った神様も留守番をしてくれるとされている事もあります。

色々な説がありますが、とにかく神様がまったく不在と言う事にはならないとも言われます。


で、ここから私の個人的な感覚が前提の意見になります。
神無月だからと言って国津神を御祭神とする神社が神様不在になると言う事は無いようです。
参拝した時に感じる神様の神聖な感じに特に変わりはないからです。
以前にこの記事で書きましたように勧請されてきた神社の場合は、御祭神の部下に当たるような神様が派遣されてきているのか、もしくは眷属の方が来ているのかと思うのですが、そういった方々は出雲大社には出かけないのかも知れません。

仮に部下に当たる神様も出かけるとしても、神様のお遣いなどの眷属の方々は残っていらっしゃると思います。眷属の方は自身の仕える神様に報告したり、神様に変わって御利益を授けたりなどもします。
なので、神無月だから神社に参拝しても意味がないと言う事などありません。
安心して御参拝して頂いて大丈夫です。


修行者らしい話をと思っていましたが仏教の話ではないですし、結局そこそこ長くなると言う。(笑)

posted by 未熟な修行者 at 23:59 | Comment(12) | TrackBack(0) | 日記

さて何を書こう^^;

2017年10月05日

少し修行者らしくない話が続いたので、それらしい話を書こうかなと思っております。
修行者らしい話と言っても細かい事は私は説明できる立場ではありませんので、それはそれで結構大変かもしれませんけれど。

霊の話でもいいのですけど、暈さなきゃいけなかったり言葉での説明が難しいなどで割と手間がかかるので。(笑)


言い訳のように書いていますが、実はちょっとだけ忙しくなってきてしまったのです。^^;
数少ない訪問者様の為にも記事をアップしたいところなのですが、あまり時間をとれなかったりして、丁度いいくらいの長さで、そこそこ内容のあるネタは何かないかなと。(笑)

という訳の分からない瞑想、じゃなかった迷走しております。
安易な方向の記事を書くかも知れませんが、暫くお待ち下さい。

posted by 未熟な修行者 at 22:43 | Comment(6) | TrackBack(0) | 日記

乳幼児の意外な力

2017年10月03日

先日、少し面白い光景を見かけたので、そのお話を簡単に。

保育園児でしょうか。お散歩している光景を見る事があると思います。
自分で歩ける子は並んで、まだ自分で歩けない子はカートのような物に何人か乗せてお散歩している光景を良く見かけます。

丁度、見える時期だったのですが、そういったお散歩している子供達の前方に霊が見えました。
と言っても、もう薄いグレーのモヤみたいな感じで、あと少しで消えるんだろうなという既に人の姿をとどめていない霊です。

偶然そこに居合せただけで、おそらく大した影響を及ぼす事も無さそうな霊だとは思いますので大丈夫でしょうが、万全を期すなら避けて通った方がいいのでしょう。
とは言っても、引率している何人かの保母さん方に下手にそんな事を言えません。
そんな事を言ったら怪しいどころではなく、不審者と思われかねません。(笑)

ちょっと気にはなったので目の端の方で見ておりました。
変な話ばかり書いている私ですが一応は修行者ですから、こういう時は子供達の守り神と言われている地蔵菩薩様かなとか考えて、微音で真言を唱えました。微音というのは傍に人がいても聞こえないくらいの小さな声で、真言の唱え方の一つです。
ですが、焦っているのか以前にも書いた三密の中の意密がさっぱり伴いません。
ただただ真言を唱えているだけになっておりました。焦れば焦るほど意密が伴いません。
さすが未熟者という感じでしょう。^^;

そうこうしている内に、その霊に子供達がどんどん近付いていきます。
するとカートに乗っている子供達の内の二人が急に大きな声で泣き出しました。

その途端、霊が吹き飛びました。消えたわけではなく、風に煽られた煙のように遠くに吹き飛ばされたという感じに見えました。

泣いている二人の子は保母さん達が抱き上げて宥めたからなのかすぐに泣き止んでおりました。
その子達にその霊が見えたのかどうかは分かりません。普通にカートの上で掴まり立ちをしていただけの子です。

乳幼児の泣き声で霊が吹き飛ぶ光景を見たのは初めてです。
乳幼児の近くにまだ人の姿を保っている霊がいるのは見た事はあり、その時はと言うか、その子は泣きもしませんでしたが。
私が見える時期であり、そこにあと少しで消えそうな霊がいて、それが見えているのかも知れない乳幼児がいて、という条件が揃う事がまず無いので見た事が無いだけなのかも知れません。

もしかしたら乳幼児には意外な力があるのではと。
地方によっては、乳幼児を泣かせて魔を祓うと言う行事があるらしいですし。


未熟な私の祈りなんかより、よっぽど強力ではないかと少々凹みました。(笑)

posted by 未熟な修行者 at 00:25 | Comment(14) | TrackBack(0) | 日記