夏越の祓

2017年06月17日

今回はうっかり忘れて過ぎてたと言うような事が無いよう気を付けておりました。(笑)

6月と12月の晦日(みそか)に行われる神社の行事で、6月30日に行われる大祓は夏越の祓(なごしのはらえ)と言います。
ざっくり言うと、1年の半分を過ごしたと言う事で穢れが溜まっているので、それを落とし浄めて残りの半年を迎えようと言うものです。

「人形(ひとがた)」については年越しの祓と同じなので、こちらを御参照ください。
ギリギリになると受け付けてくれない場合もありますので、お早目にどうぞ。

この時期になると神社の参道に「茅の輪(ちのわ)」が立てられていると思います。
小さな神社とか神職の方が居られないような所ではないかも知れません。
実は年越しの祓でも「茅の輪」を立てる神社もありますが、夏越の祓に比べると少ないです。

「茅の輪」の由来については、蘇民将来(そみんしょうらい)という方が一夜の宿を借りに来た神様をもてなした。そのもてなしに感謝した神様は「茅の輪を腰につければ災厄を免れる」と教え、スサノオと名乗って去っていったという話から来ているようです。

この「茅の輪」をくぐることで、病気や災いを免れるとされていますから参拝の折には是非くぐって下さい。
茅の輪くぐりには作法があります。

まず、正面に立ち一礼します。
輪の中を一度くぐります。この時左足で輪をまたぐようにして下さい。
そのまま左に回って正面に戻り、一礼します。
再びくぐりますが、この時は右足で輪をまたいで右方向に回って正面に戻り、一礼します。
再びくぐりますが左足でまたぎ、左方向に回って正面に戻り、一礼します。
そして最後に輪をくぐりますが左足でまたいで、今度はまっすぐ神前に進みます。
上から見ると∞のような形で回るのです。

文章だけですと非常に分かりにくいですが、茅の輪くぐりの作法が図と一緒に書かれてあることも多いので、それを参考にした方が良いかと思います。
なお、多くの場合は一般的に行われている上記の通りで構いませんが、神社によって多少違いがあったり独特な作法で行なう場合もありますので御注意下さい。

実際に立てられている茅の輪の「茅」を少し引き抜いて持ち帰って御守りにすると言う俗信があるようです。茅の輪は参拝者の穢れを吸い取っているとされておりますので、それを持ち帰る事は他の参拝者の穢れも一緒に持ち帰ってしまうということでしかなく、お守りにはなりませんから持ち帰ってはなりません。
由来に基づいて茅の輪を象ったお守りを授与している所もあり、当然ですがそちらは問題はありません。


夏越の祓をして、残り半年も気持ちよく過ごしましょう。

posted by 未熟な修行者 at 23:00 | Comment(8) | TrackBack(0) | 日記

前世が云々

2017年06月09日

このブログでは、個別な御相談へのお答えは極力御勘弁させて頂いておりますが、コメントに書いて頂いた内容が割とよくある話かも知れないので、記事にさせて頂こうと思いました。

-----ここから頂いたコメント---------------------------------------
ここ1年ほど、かなり悪い事が立て続けに起きてまして、自称見える友人からは、私の前世が300年以上前の商家の主人でお金に物を言わせてたくさんの悪い事をしていたので、その因縁だと言われました。

彼女は普通の会社員なのですが、何の前触れもなく突然そこに霊がいるとか言い出したりするので、霊や前世の存在を信じる信じないを別として、彼女自身がうさんくさいと思っている人も多くいます。
ただ、100%ではないですけど言い当てることもあるので信用して相談する人もいます。

私自身は特に信仰も持ってませんし、そう言う事に敏感でもないですが、言われてしまうと気になってしまって、色々検索してみてますが霊能者のサイトはあやしいですし、そうでないところも暴言や中傷のコメントがあったりで躊躇してました。

偶然こちらのブログも見つけて読ませて頂いたのです。
個別の御相談は受けてないようですが、何処かに相談した方がいいのでしょうか?
もし何か簡単なアドバイスでもありましたら教えて頂けますか?
-----ここまで頂いたコメント---------------------------------------

宗派によって違うかも知れませんが、仏教では輪廻転生はあると考えられておりますので、前世もその因果応報もあって、前世の因縁により今世の人生が左右されるとも言われております。

テレビなどのメディアでも霊能者や霊感のある芸能人の方など、人の前世が分かる、更には、何か悪い事があると前世の因縁がどうこうと言う方が非常に多くいます。
色々と言い当てる事もあると言うのは、コールド・リーディングという方法を使えば不可能ではないのでアテにはなりません。多くのインチキ霊能者も同様の事をしております。


まず、書いておこうと思うのですが、このブログの記事に何度か登場しているY君も、たまに見えている時の私も、私の知っている本当に見えていると信じられる人達も全員同じなのですが、よほど酷いのでない限りは
「そこに霊がいる」
などと言う事をその場にいる他者にわざわざ言うことなど絶対にしません。
仮にそこそこ酷いのがいたとしても、言葉にはせずにうまく誤魔化してその場を離れたり避けようとしたりするくらいです。
見えても、たいして影響が無いくらいのものであれば、何もいない、とまで言ってしまいますし。

キャラ付けしないとならない芸能人とかならまだしも、それなりの年齢で普通の職業に就いている人がわざわざその場で、そこに霊がいる、などと言うのは実は奇妙な行為なのです。
と言うのも、本当に見える人と言うのは、見えているものの事を喋ってしまったりして、他人から変わり者扱いや嘘つき呼ばわりされたりなど過去に嫌な思いを何度も味わっています。理解してくれる人もいますが大抵は変な目で見られます。
一、二度見た程度ならちょっとした話のネタにはなりますから話すでしょうが、一般人で何度も見えてしまう人は自分からわざわざ言う事などまずありませんし、変な人と思われたくないので見える事すらも隠したがる人の方が多いです。

私自身は、お金を取って霊能者の真似事をする訳ではありません(何も出来ませんけど)ので、嘘つきとまでは言われたりはしなくなりましたが、未だに一部の人からは変わり者扱いされています。
子供の頃は別としても、見えると言うのはおかしな事なんだと思うようになってからは家族にも一切言わなくなりました。付き合いが長い友人でも、霊が見える事があるなんて事を知らない人も大勢います。
実際のところはそんなものなんです。

このブログは実際に私を知っている知り合いも見に来てはおりますが、私が見える事があると知っている方ばかりなので気にする必要もありませんし、それ以外の方には私の身元は明かしておりません。
身元を明かして第三者に霊の話なんてしようものなら大半の人から変人扱いされるだけです。
既に知っている人以外は私の身元を知らない人だけなので、安心してと言うか躊躇わずに見えた霊の話も書くことが出来るわけです。(笑)


既に長くなってしまいましたが、前世のことについてを書きます。
残念ながら私は他人の前世どころか自分の前世も分かりませんので、インチキだとか断言する事は出来ません。

先に書きましたように仏教では前世があるとされていますので、仏教的観点から言わせて頂きます。
前世の因縁により今世が良くない人生だとしても前世を気にする必要など全くありません。それどころか前世の事を気にするというのは、仏教の教義では絶対にしてはならないとされている執着そのものでしかないのです。

そして、古い経典には
「自ら悪を為すならば自ら汚れ、自ら悪を為さないならば自ら浄まる。浄いも浄くないも各自のことがらであり、人は他人を浄めることは出来ない」
というお釈迦様の教えが書かれております。

たとえ本当に前世が分かる人から言われたのだとしても、人の前世の因縁は霊能者だろうと誰であろうと第三者には解消することは出来ず、自分自身で何とかするしかないのです。
霊能者に相談したところで解決は出来ないので相談するだけ無駄です。それよりも信仰を持っていなくても構わないので、悪い事がこれ以上続かないよう近所の神社やお寺にでも参拝して心からお願いした方が遥かにマシだと思います。

また、仏教的には余程悪い前世を送ったのであれば人間として生まれずに、地獄道や修羅道、鬼畜道、餓鬼道などに生まれて報いを受けているはずであり、それらよりも少し上の人間として生まれてきていると言う事はひと先ずある程度の償いは終えたか、もしくはそこまで悪い事をしたわけではないと言うことであるはずです。
前世やそれによる因縁など一部の仏教的な面を強調する割に、こういった六道への輪廻転生の話や、たとえ相手が悪人であろうと人を惑わしたり謗る事をしてはならないと言う教義はすっぽり抜け落ちているので不思議な事です。

仏教では人生は苦の世界であるとされていますので良くない事が続いたとしても不思議ではありませんし、かと言って苦しい事だけではなく楽しみもあるのだとされていますので、その内に良い事が続く事だって無いとは言えません。

具体的な前世の説明をされたからと言って、確かめようのない事をクヨクヨ気にしてネガティブな気分になっても良い事は起きません。
「ああ、そうなんだ。では、せめて今は少しでも正しく生きよう」
程度に思って、ポジティブな気持ちで自身に出来る程度の僅かな範囲で正しく生きるよう心がければいいと思います。

posted by 未熟な修行者 at 01:37 | Comment(9) | TrackBack(0) | 日記

負の感情

2017年06月02日

私の本業では、稀に人様の事情に少し介入する事があります。
かなり以前の話ですが、自殺されて間もない方のノートパソコンの中を調べている時に遺書を発見した事があります。もちろん勝手に調べた訳ではなくて、保存されているファイルを調べねばならない御依頼があった時に見つけたものです。

呪いのビデオだのの話を聞いたりする事がありますが、あの辺は基本的に故意に作られた物がほとんどです。
実際にはビデオやら、パソコンに保存されている物などから何らかを感じる事などまずありません。

しかし、そのノートパソコンを渡された時はとても強い負の感情を受け取りました。
なんと言えばいいのか、そのパソコンからはいわゆる霊的なもの自体ではなく、ちょっと質の悪い霊のまわりによく漂っている負の感情と同じような感覚だけが感じられるのです。霊がそのパソコンに憑いているのではなく、圧倒的な負の感情が纏わりついているという感じです。
急に視界が狭く暗くなった感じになり、そのパソコンに触るどころか近寄るのも嫌で嫌で、断りたいと思ったくらいでした。

実はこの時には自殺された方の物だと聞いていなかったのです。渡された後に
「実は持ち主は自殺してしまって・・・」
と聞いたのです。
実は見える時期に突入していた事もあり、本当はその話を聞いた時点で断りたかったのですが、良くして頂いているお客様を通しての御依頼でしたので断るに断れませんでした。

依頼された目的のファイルを探している最中に遺書のファイルを見つけてしまったのです。
遺書だと判断できるようなファイル名ではありませんでしたが
「このファイルの中身は見たくないな」
と思いました。
しかし、一応確認しなくてはなりません。
さすがに中身を全部読むわけにはいきませんが、何のファイルを確認するために開いて少し読みました。

詳しくは言えませんが、中身は周囲の人に対する恨み、妬み、嫉みのオンパレードでした。
もちろん凄まじい負の感情を感じます。途中までしか読んでいないのに、気持ちがどんどんダウン気味になってきます。私までが
「死んだ方が楽だよな」
という気持ちになってくるようなとても強い負の感情です。
これは宜しくないなと思ったので
「これは遺書のようですね」
と伝えてすぐに閉じました。

警察や保険会社や金融会社に証拠として見せなければならないので、万が一パソコンが起動できなくなった時を考え、念のためUSBメモリにコピーしておいて欲しいと言われました。
「こんな負の感情を増やしていいのか」
とも思いましたが仕方ありませんので、ファイルをコピーしました。
その後、何とか目的のファイルも見つけることができ、それらもコピーしました。

不思議な事にファイルをコピーしたUSBメモリからは負の感情はまったく感じません。
人によっては妙な影響を受けかねないのではと心配でしたので少し安心しました。

霊そのものではなく、負の感情と言いますか、負のエネルギーと言いますか、そういったものも人に大きく影響が及んでしまう事もあるのです。
たて続けに自殺者が出る場所とかなのに霊が全く見当たらないなんて事はざらにありますが、何らかのきっかけでそういった負の感情に触れてしまい、自殺まで引きずられるのかも知れません。

ちなみに、この後3日間ほど体調が悪いままでした。^^;

posted by 未熟な修行者 at 23:00 | Comment(9) | TrackBack(0) | 日記