嘘の怪談話で出来た霊

2017年08月08日

先日、御返事のコメントで
「嘘の怪談話だったのにその霊が現れて付きまとわれたというケース」
があったという話をしました。

例によってY君に相談があったのです。私はついでのように呼ばれました。

A君が中古で購入した車に、B君、Cさん、Dさんが同乗し、とある湖に遊びに行き、夜7時頃に帰る事になりました。
順調に行けば2時間程度で帰る事が出来る筈だったのですが、帰りの道がひどく渋滞していたため、カーナビで探した迂回路で帰る事にしたそうです。当然ですが街灯もなく真っ暗な道です。
やめておけばいいのに怪談話をはじめたそう。

怪談を細かく書くと長くなるので、ざっくり説明します。(笑)

この車が中古だと言う事もあったので、Cさんが中古の事故車にまつわる怪談話をし始めました。
山道でカーブミラーの下にリードに繋いだ子犬を散歩させているらしい女性が立っているのを目撃。こんな道で犬の散歩とは少し不気味に思ったがそのまま素通り。しかし、どうやら同じ所をぐるぐる回っているようで、そのカーブミラーと子犬を連れた女性が何度も出てくる。この際、道を聞こうと恐る恐る声をかけると、振り向いた女性の顔は血まみれ、リードの先には子犬と言うより血まみれの肉の塊。慌てて逃げるも車の中にその女性の霊が現れ、事故を起こして運転者が死亡、車のボンネットには子犬の足跡らしきものがたくさん残されていた、という話。

続いてDさんの話。
ある古戦場に肝試しに出かけた3人の若者。ふざけて小さなお地蔵様の石像を倒してしまった。
悪びれもせずその場を立ち去ったが、ふと気づくと2人がいない。戻ってみると石像を倒した辺りから声がする。2人で自分を脅かそうとしているのだと思い懐中電灯の光を当ててみると、地面に座り込み頭を下げて何かブツブツ呟いている。声をかけても反応しない2人だったが急に倒れこんでしまう。
すると突然、懐中電灯の明かりが消え、耳元で「逃がさん」と声がしたと同時に気が遠くなってしまった。そのまま3人は行方が分からないままになっている。

続いてB君の話。
昔ある女子中学生がいじめを苦に自殺した。いじめていたのは同じクラスの女子4人。元々は仲の良かった5人だったのだが、ある日を境に1人だけいじめられるようになったのだった。
しかし、学校側ではいじめは無かったと主張、今と違って特に問題視される事も無いまま4人も卒業し、家庭を持つなどそれぞれの生活を送っていた。20年ほど経ったある日、同窓会が開催されて久しぶりに4人は顔を合わせた。自殺した同級生の事などすっかり忘れて楽しんでいたが、急に見覚えのない女性から「あと4人足りないから待ってるのよ」と言われた。覚えがない女性だったので「あの人は誰だっけ?」と周りの人に聞いてみるが「誰の事?そんな人いないよ」と誰もが口を揃えた途端、4人とも思い出した。自殺した子の母親にそっくりだったことを。

「もうやめろよ、運転に集中できないじゃん」
とA君のクレームで怪談話は終わりました。
それから20分程でやっと大きな通りに出ました。

「あ、ごめん、コンビニあったら寄って」
とDさん。
程なく見えてきたコンビニの駐車スペースに入りました。コンビニでトイレと買い物を済ませ車に戻ろうとすると傍に中年の女性が立っています。
何だろうと思いながら4人が車に乗り込もうとすると、その女性は突然
「4人足りないから待っているの」
と言いました。

「え?何?」
と思いましたが、ちょっと変な人かもしれないと思った4人は相手にせずに車に乗り込み出発しました。
振り返ってみてもその女性は見当たりません。さっきの怪談話を思い出し、車内は少し嫌な雰囲気になりました。

暫く走ると、今度はカーブミラーの所に女性が立っているのを発見。子犬を連れているかどうかまではよく分からなかったようです。
運転しているA君が見つけ
「お、おい、あのミラーの下・・・」
との声で、全員がそちらを見る。
半分パニック状態になりながらA君は車を走らせます。
「いやいや、気にし過ぎだよ」
とB君が言い、少しでも気を紛らわせようと音楽をかけました。
その後、特に何事もなく順調に走って、見覚えのある地元に戻ってきました。

CさんとDさんを自宅まで送ろうと少し狭く交通量の少ない道路を通っている時、急にエンストしました。車のヘッドライトは点いています。A君は大慌てでエンジンをかけようとしましたがかかりません。ガス欠と言う訳でもありません。
何度もキーを回している最中に、Dさんが
「今、何か聞こえなかった?」
と言いました。
A君もキーを回すのをやめて、耳をそばだてます。
住宅街の狭い道路上のエンジンが止まった車の中で全員が音を聞こうと黙った時でした。
「逃がさん」
とハッキリ声が聞こえたそうです。
「うわー」
と悲鳴をあげ、A君がしきりにキーを回すと何回目かでエンジンがかかりました。
そのまま走って、最寄りの駅前まで逃げ出しました。

その場所からY君に電話をかけたらしいです。
Y君から
「暇なら一緒に来てよ〜」
と私にも連絡があったのでした。
(ちょっと借りがあって断るに断れなかったのです)
見えない時期でしたので、危うくY君に見えるようにされそうになりましたが
「夜はやめてくれ」
という私の抗議を何とか受け入れてくれたのは幸いでした。(笑)
それにしても1時間近くもその場所で待っていた4人は余程怖かったのでしょうね。^^;

Y君が4人から事のあらましを聞き、車内をちょっと覗き込んで
「ああ、なるほど」
と少し笑うと、私に向かって
「ちょっと車の中入ってみ〜」
と言いました。
見えないので強気なままの私も車に入ってみました。外から見てても同じでしたが乗ってみても別に何も感じません。
「何も変な感じはないと思うけど」
と私が言うと
「でも、いるにはいるんだよね〜。すっごく弱い消えちゃいそうなのだけど、帰り道の途中でついてきちゃったんだろね〜」
Y君が言うには、もういつ消えてしまってもおかしくない姿すら留めていないのがいるのだそうです。
「俺にもぼんやりとしか見えない薄〜いモヤみたいになっちゃってるやつ」

怪談話をしていたせいで普通なら何の影響もない弱くて消えてしまいそうな霊を呼び寄せてしまったそうです。怪談話をしていると霊が寄ってくると言うのは必ずしも間違いではなく、稀ですが恐怖心に引き寄せられるのか寄ってくる場合もあるそうです。

私も簡単にその怪談を聞いていてすぐに分かったのですが、よくある話にアレンジをした作り話でした。そもそも霊現象を体験した当事者が死亡したり行方が分からなくなっているのに話が伝わっているわけが無いですものね。少なくともCさんとDさんの話はあり得ないです。

実はA君だけではなく他の3人も内心は怖がっていて、合計4人の心の作用と言うかイメージによって、この程度の姿すら留めていないような霊でも具体的な現象や姿を見せることが出来たのだそうです。見えたと言うか心に働きかけて見えた気にさせるような感じだそうです。聞こえたという声も実際には音ではなく、心に働きかけているだけじゃないかと言う事です。

さすが車のディーラーと言うか、この程度のものに車をエンストさせるような力などあるわけがないので、エンストは車自体の問題だと思う、オートマ車でも急にエンストして暫くエンジンがかからないという故障は割とあって危険なので整備して貰った方がいいと言っておりました。(笑)

たいしたもんじゃないから気にさえしなければ自然に消えるか出ていくという説明をしていましたが、気持ち悪くて乗れないという4人の訴えで、全部のドアを開けてからY君1人が乗り込み、手でシッシと払うような仕草をしただけで
「はい、出てったよ」
「え、それだけ?」
と、4人はなかなか信じてくれませんでしたが。(笑)
私は見えていないので実際に出て行ったのかは分かりませんが、その後は何も起きなかったそうです。
あ、エンストの件はY君の言ったとおりで故障があったそう。


はい、やはり長くなりましたが、これで終わりです。^^;

posted by 未熟な修行者 at 22:41 | Comment(16) | TrackBack(0) | 日記

ただ見えた話

2017年08月04日

ただ見えたというだけの話はつまらない、とか言っておきながら書いてしまいます。(笑)

一昨日ですが、客先に伺っての仕事がありました。
大きくはないですが、小洒落たオフィスビル(要は雑居ビルですが)の7階にお客様のオフィスがあるのです。
1階は店舗になっていて、店舗の横を通って奥の方にエレベーターがあります。

どう説明したらいいのか分かりませんが、エレベーターの扉の横、壁と繋がるところが若干斜めになっていて鏡のようになっております。
エレベーターに乗り、左側の鏡側を見ると右側が映って、右側を見ると左側が映るのです。
左側(乗る前なので右側)の鏡に映るのは横にある店舗のウインドウです。

エレベーターが1階に着いて、降りてくる人がいるかも知れませんので横にずれました。その際に私の後ろにも誰もいない事を確認しています。エレベーターからは誰も降りてきませんでした。
エレベーターに乗って7階のボタンを押して、左側の鏡のようになっているところを見ました。
40代くらいの女性が映っておりましたので乗る人が来たと思い、開ボタンを押した(その時に目を離した)のですが乗ってきませんし、左側の鏡の所には店舗のウインドウが映っているだけです。
おかしいなと思い、エレベーターの外を見ても誰もいないのです。
女性の姿を見てから、ここまで1〜2秒です。

よく考えてみれば、かなり鏡の近くに立っていないとならない大きさで女性が映っていたのです。
鏡は斜めになっていますから、その大きさで映っているのであれば、エレベーターの昇降口の真ん前に立っていないとならない筈です。

「あ〜、見える時期が来たか」
と思いました。
扉が閉まれば密室になるエレベーターですから、どうするか迷いましたが、そのまま7階に行きました。(笑)
特に何も起きませんでした。見えただけの話です。

てっきり見える時期が来たのかと思いましたが、その後は別に他の霊も見ておりません。見えたのはエレベーターの所の鏡に映ったものだけでしたので、見える時期になったわけでもなさそうです。

鏡に映ったのしか見えなかったというのも考えてみれば変な話です。
直に見そうなものですし、何よりも鏡に映った霊など今迄は見た事がありません。
鏡に霊が映るものなのかは知りません。個人的には映らないのではないかと思っているのですが

見間違いの可能性も無いとは言えませんが、それなら髪型や服をはっきり覚えているのは何故なのかと。^^;

と言う訳で、ただ見たというだけの話でした。

posted by 未熟な修行者 at 00:59 | Comment(10) | TrackBack(0) | 日記

夏が来れば

2017年08月01日

怪談話を聞きたがる人が多いですね。
私の身の回りにも多いです。(リアルの方ですよ)
涼を求めてなどとも言いますが、怪談話など聞いたところで暑いものは暑い気がするのですが。(笑)

私がたまに見える事があると言う事を知っている方などは
「見えるんだから相当怖い話をたくさん知っているはず」
と思う方が多いようです。

ところが、実際に見えているものの話をしても怪談話としては怖くもなんともない方が遥かに多いのです。

「そこに薄っすらと人の姿をしたものがぼーっと立ってる」
「今そこを人型の黒いモヤが移動している」
「でも、何故ここにいるのか経緯は知らん」

どうです?別に怖くないですよね。(笑)

見えたとしても多くの場合はこの程度のものです。
何らかの理解できない現象が起きたり、人が亡くなった場所だとかのバックストーリーがあるからこそ怖いわけで、何だか知らないが見えたというだけであれば話しても怖くはないですよね。
念の為に言っておきますが、実際に見てしまった私自身は怖いですし、超ビビりますけれども。(笑)

もちろん見えるために怖い話と言うか相談が持ち込まれる事も多いので、怖い話はそれなりにあるのですが、少々差し障りがある事もあり、そう安易に喋ったり記事にしたりは出来ない事が多いのです。
差し障りと言っても変な意味ではなく、ある程度は個人的な情報を書かないと訳の分からない話になってしまうケースが多いと言う事です。
特にブログの記事にする場合は、おおよその場所とか家族構成とか前後の出来事とか様々な情報をそのまま書いてしまうと個人を特定されかねませんので、書いては直して暈すところは可能な限り暈さないと記事には出来ません。


あと夏と言えば、お化け屋敷ですね。(笑)
よく言われることもあるのですが、本当の霊を見るくらいだから平気でしょ、と思うでしょう?
いやいや、とんでもない、普通に驚きます。^^;

お化け屋敷に限らずホラー映画でも同じですが、明らかに恐怖心を煽りたてようという意図の上で仕掛けられた音響効果や急な映像には驚くに決まっています。怖いというよりは単純に驚く方です。
本物を見る事がある奴が、作り物だと分かって見ているので多少の耐性はあるかも知れませんが、それでも驚く時は驚きます。
普通に驚く私を見て、なんだかガッカリされる事が多い(私的には心外です!)ので、極力平静を装いますけどね。^^;

普通にそこらにいる霊は驚かそうと思って出てくるのはほとんどいません。まったくいないわけではないのですけど。たいていの場合は見えてしまった私が勝手にビビっているだけです。

お化け屋敷に本物の霊がいるって聞くよね、とか言われても分かりません。
見えている時なら区別つくのだろうと思われるでしょうが、次から次へと驚かされる仕掛けがあったらそれどころじゃないです。人の姿を完全に保っている霊だと見分けている暇も無いでしょう。^^;
よほど悪いのでもいれば涙が出てくるとかで分かるかも知れないですが、お化け屋敷が怖くて泣いていると勘違いされそうな気がします。(笑)


実はこの記事、友人への私信として書いていたのですが、長くなったし記事に出来るのではないかと。
なので、どなたがコメントされても結構です。(笑)

で、訳の分からんネタをふってこないように!>リアル友人へ

posted by 未熟な修行者 at 23:27 | Comment(9) | TrackBack(0) | 日記

真言や陀羅尼も唱えるだけでは

2017年07月24日

私の宗旨には真言や陀羅尼と言うものがあり、よく唱えます。

日本語や漢文でなく(中国から伝来当時は当て字の漢文です)、呪文っぽさが神秘的でウケるのか、悪霊が近づいた時には〇〇の真言がいいなどと言う話を目にする事もあるかと思います。

残念ながら、真言や陀羅尼も漠然と唱えるだけでは原則的にはただの言葉となってしまいます。

宗派やそれこそお寺やお坊様によっても考え方は違うと思いますので断言していいものかどうか分かりませんので、あくまでも私の考えではと言う事と御理解下さい。

真言や陀羅尼を唱える場合には「三密」が必要と言われております。
ざっくりした説明ですが、身体の働きである「身密」、口の働きである「口密」、心の働きである「意密」を併せて「三密」と言います。
「三密」については以前に説明するかもと言いながら放置したままでしたが、そもそも私は教えられるような立場ではございませんので細かい説明は出来ません、申し訳ないです。
興味のある方は真言宗のお寺に行って、お坊様に教えて頂いて下さい。^^;

この「三密」の中でも「意密」は真言を唱える時には特に大事だと思います。
仏様の姿を観じ、その仏様の功徳も観じることです。
何も考えない、もしくは別の事を考えるという「意密」がなっていない状態で真言や陀羅尼を唱えてもただの言葉であり、駄目だと言う事です。


本当に力があるのか分からない霊能者がお経や真言を唱えようが何しようが霊はその場にいて、嫌がったり反省したり怯えたりしている様子もないのを何度か目撃した事があります。そもそも霊のいる方向すら見ていなかったり、まったく見当違いな霊の話をする霊能者も多いので端から問題ありですが。^^;
そういった霊能者は仏様の姿も功徳も観じて唱えている訳ではないのでしょう。極端な場合には信仰心すらない単なる商売上のパフォーマンスであるのかと思います。


偉そうに言っておりますが「意密」はかなり難しいです。^^;
仏様とその功徳を観じながら唱えるというのは、非常に落ち着いている時か、切羽詰まって一心不乱な時くらいしか出来ません。
未熟者だからと言われればその通りですが、雑念が入ってしまう事が多々ありますので難しいのです。


そして何よりも真言や陀羅尼は正しい発音が難しいのです。私の宗旨では御師匠(師僧)様からの口伝が原則です。
普通にネット上で色々な真言を見る事は出来ますし、お寺に行けば真言が書かれてあったりもしますが、文字として見ただけでは正しく唱えるのはかなり難しいです。
厄介な事にお寺によって若干発音が違ったりする事があり、これはそう唱えた方が更に真言の功徳が強くなると言う事で代々伝えられてきていたりするのです。

お寺で仏像の横に掲げられている真言などであれば問題が起きるようなものはありませんが、真言や陀羅尼の中には間違えて唱えると災いを呼び込みかねないと言われるものもありますので、どこかで見て覚えた程度で唱えるのは出来れば避けた方がいいでしょう。
お坊さんでも間違えてしまうこともあるくらいで、そのためか間違えても正しく唱えた事にして頂くための陀羅尼まであります。^^;


本来は「三密」、そして正しく唱える事が必要です。
ただ、お寺で仏像の横に掲げられている真言などに限って言えば、信仰心が無かったとしても、発音が正しくなかったとしても、心の底から助けを求めれば状況によっては御加護が頂ける事も無いとは言い切れません。全ての人を救うと言うのが仏様ですから。

posted by 未熟な修行者 at 23:43 | Comment(11) | TrackBack(0) | 日記

お経は唱えるだけでは意味は無い

2017年07月22日

「怖い目にあったら般若心経を唱えるといいよ」
という事を言う方がいます。

一方で、これもよく言われますが
「仏教徒以外の霊でも、お経を唱えて効き目があるのか?」
です。(笑)

ぶっちゃけて言いますと、怖い目にあったからと言って般若心経を唱えても意味はありません。もちろん他のお経でも同じです。お経そのものは仏様の教えが書かれているだけのものだからです。
と言う訳で、仏教徒の霊であろうとなかろうと、お経をただ漠然と唱えたところで何の効果もありません。

しかし、効き目があることもあるようです。
例えば、本当に怖くて仏様にすがりたいという強い思いでお経などを唱えれば助けて頂ける事があります。
「仏様とその教えも信じます、助けて下さい」
と言うアピールですね、表現は非常に悪いですが。^^;
唱えている人に対して仏様がお力をお貸し下さったと言う事であり、お経そのものに効果があったということではありません。

あと、霊自身がお経と仏様にすがろうという気持ちがある場合にも効果がある事はあるようです。この場合は仏様が霊に対して直接お力を御貸し下さったということで、そういう意味では仏教徒であった霊、もしくは亡くなった以降でも仏様にすがろうと思った霊であれば、唱えられたお経を聞いた霊にも効くと言えるのかも知れません。

仏教徒以外の霊ならば、聞いた事もないお経や信じていたわけでもない仏様にすがろうという気持ちもまず無いでしょうから、何を訳の分からんことをブツブツ唱えているんだ、そう思うわけです。
仏教徒以外の生きている人だって信じてもいないお経を聞いたところでそう思うでしょう、それと同じです。
なので、漠然と唱えただけでは効果がありません。

「勤行で消えてくれると言ってただろう」
と思われるかも知れませんが、今の私は強い信仰心がありますし、最初から仏様の力にすがりたいと思っているものが、たまたま私の所に来ただけなのではないかと考えております。
単なる通りすがりなのかも知れないですし、仮にそういうものだったとしても出来ればお寺に行った方がいいとは思うのですけれど。(笑)


かなり昔、私がまだ信仰心を持っていない頃に般若心経がいいと人から聞いたことがあり、凄く嫌だなと思う霊を実際に見てしまった時に唱えてみた事があります。
まったく効果がないどころか、何の反応も示してくれませんでした。(笑)
意味も分からず漠然と唱えていただけですし、信仰心すらないのですから当然の事かも知れません。
そのおかげで暫くの間、信仰なんてしたって何の意味も無いと思い込んでいましたね。

信仰が無いとお経はただの言葉だと思った方がいいです。
強い信仰心があって唱える、更には可能な限り意味を理解する努力をするというのも仏様に力をお貸し頂くために必要な事だと思います。

ちなみに、このブログによく登場するY君はお経はひとつも覚えていませんし、唱える事もありません。(笑)
彼は割といい加減なところもありますが、私などよりも遥かに人間として正しく生きている人なので、あらためてお経などは必要とせずとも神仏に力を貸して頂けるのかも知れません。


あと、
「下手に唱えると、とり憑かれる」
なんて事も聞いた事があります。
極力関わらない方がいいという意味であれば間違いではないとは思いますが、唱えた事が原因でとり憑かれたという人は今まで見た事がありません。
唱えるだけならただの言葉です。もちろん悪意を持って唱えた場合には分かりませんが。


posted by 未熟な修行者 at 23:47 | Comment(11) | TrackBack(0) | 日記

今、何かいます(笑)

2017年07月20日

別にたいしたことではないと思うのですが・・・

今、私の部屋に何か来てます。
と言うか、多分ですが、ずっと背後に佇まれています。(笑)
後頭部と言うか首筋がずっと重いです。

先日の友人の気配とも違いますし、姿も見えないですし、まったく心当たりも無いですが。
たいていの場合は心当たりはないんですけどね。

それほど悪そうでもないですが、もしかして私の勤行を待っているのでしょうか。
たまに何かが来ても勤行を行なうと嘘のように消えてくれることが割とあります。
もし私程度の勤行程度で何らかの助けになるなら嬉しい事ですけれどね。

ここまで書いたら、気配と言うか雰囲気が少し変わりました。
やっぱり待ってるのでしょうかね。

この時間にするつもりはなかったのですが、寝る前にしておきましょうか。
posted by 未熟な修行者 at 23:37 | Comment(10) | TrackBack(0) | 日記

友人が来ていたのかも

2017年07月14日

先日、友人が亡くなりまして。
齢をとると言うのは段々と同年代の人が亡くなる確率も高くなってくるわけですものね。

知己の間柄の人が亡くなった場合、可能な限り葬儀には参列させて頂きますが、私は個人的に我が家の祭壇でも御供養を行ないます。
故人の宗派とは違うことも多いですが、御供養はまず気持ちが大切なのであまり気にする必要は無いでしょう。
と言う訳で自宅で御供養をさせて頂いていたのです。

朝起きて身支度をしてから祭壇にお水とお茶をお供えし、塗香で身を清めてお香を焚いてから、普段の勤行に友人の御供養も加えて行なうのです。

お水とお茶をお供えした後に私の身体の右側から妙な気配を感じました。
見える時期ではないので気配しか分かりませんが
「あれ?何か来てる気がするな」
と思いました。
決して嫌な感じでは無く、ほんの少し空気に圧迫感があるような、とにかく説明するのが難しいのですが、その空間がやたらと気になります。悪い霊が近づいていると涙が出たりするのですが、それもありません。
不気味なものであればビビってしましますが、勤行時に近づいてくるのもたまにはいますので、特に悪いものでなければそれほど気にはなりません。と言うか割とよくある事なので慣れました。(笑)

とりあえず祭壇の前に座って勤行を始めたのですが、その気配は私の背後を通り、左後ろに移動しました。
そして、勤行のすべてが終わってはいないのですが友人の御供養の部分が終わった途端、その気配は綺麗さっぱり消えました。
見える時期ではないので本当のところは分かりませんが、おそらく友人が来ていたのかも知れません。
いや、見えたら見えたで結構複雑な気分にはなるでしょうけれど。(笑)

私の所になど来ていないで(来るなと言うわけではないですが)、御家族や御親族の所に行って別れを惜しんだ方がいいのではないかと。勿論、私の所に来ていない時はそうしていたのかも知れませんけれど。^^;

実はこれ昨日まで4日続いてました。^^;
今日は来なかったので旅立ったのかなと思います。

posted by 未熟な修行者 at 23:37 | Comment(9) | TrackBack(0) | 日記

もうすぐお盆です 2017年

2017年07月10日

もうすぐ、お盆です。
御坊様方が汗だくになって走り回る時期でもあります。^^;

東京などの関東圏では7月13日〜16日(15日とする場合もある)がお盆です。
それ以外の地域では8月13日〜16日という所が多いです。
去年は書きませんでしたが、沖縄では9月3日〜9月5日(6日とする場合もある)と言う事もあります。

昨年の記事に色々書いたので、あらためて細かい話は書きません。(笑)

必ずしも大仰な事をしなければならないわけではありません。
少なくとも御先祖様方への感謝と御供養の気持ちを心に念じるだけでも良いのです。
ホンの些細な事でいいので良い事を一つだけでもしてみるのも御先祖様方と自身の功徳になりますので良いですね。

posted by 未熟な修行者 at 23:00 | Comment(6) | TrackBack(0) | 日記

病院の霊

2017年07月03日

今日は暑かったですね。
地下鉄のホームが蒸し風呂状態で気が遠くなりました。
皆様も熱中症にはお気をつけ下さい。


知人(前回の日記の人ではありません)が入院していてお見舞いに行ってまいりました。
何故か、来るならなるべく早く来て、と言われておりました。

お見舞いの催促って(笑)、と思っていたのですが納得しました。
30歳を過ぎた女性なのですが、自宅の浴室でも目を瞑ってシャンプーが出来ない程の怖がりなのです。
ベッドが4つある病室にはその女性の他に2人の患者がいたのですが、1人は今日退院して明後日にはもう1人も退院なのだそうです。
つまりは
「怖くて、こんな病室に1人でいられない」
ということだったのでした。(笑)

いやいや(笑)
多分、新たに入院してくる患者さんもいるでしょうから、1人だけになるという事は無いと思うんですが。
そう言いましたが
「だって、もし入院して来なかったらどうするのよ!」
と言われてしまいまして。^^;

「この病院は何かいない?大丈夫?」
とまで聞かれたのですが今はまったく見えない時期です。Y君ならばすぐに分かるのでしょうけども。
なので、少しでも安心できるならと思い、以前に経験した話をしました。


たいした話ではないので詳細は端折ってしまいますが、以前にY君と共通の知人である人のお見舞いに行った事があります。
その方はちょっと大きな病気で気弱になっていたのか、同様の事を聞かれたのです。
私はその時も見えてませんでしたので分かりませんが、Y君の答えは
「呆気ない程いないよ」
でした。
ベッド数の多い病院であれば亡くなられる方もそれなりにいると思いますし、病院にまつわる怖い話などを聞いた事がある方も多いと思いますが、病院には意外と霊はいないのだそうです。
Y君曰く
「入院してて亡くなった人が、苦しい思いしただけの病院にいつまでもいるわけないじゃん。亡くなってやっと楽になって自由になったんだからすぐ出ていくし〜。仮に他の患者に悪影響を及ぼすようなのがいたら噂になっちゃって病院がすぐ潰れるよ〜」
だそうです。確かに。(笑)

その話をしてあげたら少しは落ち着いたみたいですが。
緊急性のある病気ではないとは言え、仕事で都合がつかないと言って入院日程を大幅にずらして貰っておきながら今更何を言うか、という感じです。もしかして怖かったからグズグズと日程をずらしていたのだろうか。(笑)

一応、今は見えない時期だと言うのは言わずダメ押しで
「うん、何もいない、きれいなもんだよ」
とも言っておきました。嫌な感じも無かったから問題無いと思いますし。^^;


大きな病院の中で霊を見た事はありますが、別に何の影響も無さそうな漂っているだけと言う感じのが殆どでした。そもそも、その病院で亡くなった方なのかどうかも分かりませんが。
敢えて言うなら、入院病棟よりも外来の待合室の方が見かけること多い気がしますね。


Y君は、知り合いの看護師さんから霊を見たと相談された事もあるようです。
その話は機会があれば書くかも知れません。これも、たいした話じゃないですけど。

posted by 未熟な修行者 at 22:36 | Comment(10) | TrackBack(0) | 日記

怪しい気配

2017年06月28日

先日の事ですが、ちょっと色々とありました。

客先から帰宅すると、自宅近辺で何かあまり宜しくないと言いますか、重く淀んでゾッとするような気配を感じました。我が家だけではなく数軒の家の周りがそういう気配に包まれているようでした。何かが見えたりしたわけではないのですが非常に気味の悪い気配です。
ちなみに見える時期ではなかったと思います、多分。

「なんだ、これ」
と思いながら自宅に入ると、別にそのような気配は感じず普通です。
しかし、外に出てみると相変わらずの気配でした。

我が家には仏壇とは別に私がお祀りしている祭壇もありますし、そこで私が毎日勤行をしているので自宅の中は普通だったのでしょうかね。そう思っておくことにしましたけれど。
(勤行時にそばに寄って来るのも稀にいますが)

あまり良くはない気配なので、体調が悪い人だったら若干影響があるかもな、とは思いましたが特に私が何かしなければならない理由もありませんし、積極的に関わるとロクな事は無いので何もしません。
そもそも、そんな影響力のあるものはまずありませんし、放っておけば数日で元に戻るだろうとも思いましたし。


その日、妻が家の中で転んで顎を強打し、まるで私が殴ったかのような立派なアザが。(笑)
とは言っても大きなアザが出来ただけで骨にも他にも異常はありませんでした。
自宅の中は普通ですから外の気配とは関係ない、偶然だろうと特に気にせず。

次の日、中学時代からの友人のお母さんが転んで大腿骨と指の骨を骨折して入院。
更に次の日、その友人の妹さんが顔に大きな怪我をして移植手術の為に入院。
ただ、この友人宅は近所ではないのです。なので、これも関係無く偶然だと思います。

ただ、さすがに続いたので念の為と思い、昔教わった除災の修法を勤行時に追加してみました。
ですが残念なことにウロ覚えのため何か間違えたのか、私如きでは力不足なのか、外の気配にはまったく変化無し。(笑)

次の日、通りを挟んで向かい側の家の御年寄りが急激に体調を崩し入院。
高齢で持病もあるので不思議ではないのですが急に意識不明になって倒れたのだそうです。幸いな事に、早い処置のおかげで小康状態まで戻ったようですが。

そして、次の日には嘘のように気味の悪い気配は無くなって普通に戻っておりました。


この事をY君にちょっと話をしてみましたが
「本当にたま〜にあるね、一定の地域が良くない気配で包まれるっての。ま〜、たいして大きな影響力があるわけでもないし、何していいかも分かんないから自然におさまるのを待つしかないんだよね〜。同じようなのを感じた人が死神とか疫病神とか言い出したのかもね〜」
と言ってました。
いやいや、少なくとも今のところ誰も死んでませんて。^^;


私はたまに狂ったように徹底的な掃除を始めたりすることはありますが、普段は家事は一切しない奴なのです。出来ないわけではなく「しない」という最低の奴です。家事を積極的にできる男性を本気で尊敬するくらいです。^^;
しかし、妻がこんな顔じゃ外に出られないと嘆いた&旦那のDVによるアザだという根も葉もない噂が近所に流れたら困る、ので買い物には行きましたけどね。


実際のところ、何も見えてないですし、見えたとしてもここまでの影響力を及ぼすものなどまずいませんし、友人の母と妹はちょっと離れた所に住んでいる訳ですから、本当にたまたま偶然が続いたのだと思っております。^^;

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豊川稲荷東京別院

2017年06月20日

先日、仕事の合間ですが1時間弱の時間がありましたので参拝させて頂きました。

本山は愛知県豊川市にある豐川稲荷です。
稲荷と呼ばれますが神社ではなく、正式には豐川閣妙嚴寺という名前の曹洞宗の寺院です。
「豊川吒枳尼眞天(とよかわだきにしんてん)」を祀っております。

その別院で東京港区元赤坂にありますのが豊川稲荷東京別院です。
時代劇などで有名な江戸時代の大岡越前守忠相公が豊川稲荷から勧請し、篤く信仰していたのが起源だそうです。

国道246を挟んだ向かい側は良く仕事で通っているのですが、なかなか参拝には行けませんでした。

曹洞宗の寺院ではお釈迦様を御本尊としているところが多く、ちょっと言い方はあれですが密教臭さが無い寺院もかなり多いのです。
しかし、こちらは豊川吒枳尼眞天様が御本尊らしく、更には吒枳尼天様が仏教護法神になる前のダーキニーだった頃にこれを調伏して護法神にならさしめたと言われる大黒天様や、愛欲や執着などの煩悩を悟りに変えるとされる愛染明王様、弁舌や知識や音楽などの神とされる弁才天様、子宝を授かる御利益のある観音様が子宝観音様として、業の苦しみを代わりに引き受けて下さる地蔵菩薩様として身代り地蔵様もお祀りされています。
真言も書かれてあったりと密教臭も割と感じられます。^^;

曹洞宗という宗教法人としての御本尊様はお釈迦様ですが、元々別宗派だったものが改宗したり、廃寺になりそうな寺院に曹洞宗の僧侶が入って存続させたりと言った寺院も多いので、不思議ではないのですが。
ちなみに本山の豊川稲荷の御本尊は千手観音菩薩様のようです。

そういった雰囲気のせいでしょうか、私にとっては馴染み深いと言いますか、違和感が無いと言いますか、大変好きな感じの寺院です。

稲荷と呼ばれるせいでしょうか、御参拝の時に柏手を打っている方がチラホラいらっしゃいます。
境内にある鎮守社(寺の鎮守の為に建立された)の祠やお社の前では構わないですが、本殿はあくまでも寺院として仏教の吒枳尼眞天様をお祀りされていますので、静かに手を合わせるのが本来の姿です。
別に怒られる事はありませんが、正しい参拝をした方が良いでしょう。


他にも札幌、横須賀、大阪、福岡にも別院があります。

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夏越の祓

2017年06月17日

今回はうっかり忘れて過ぎてたと言うような事が無いよう気を付けておりました。(笑)

6月と12月の晦日(みそか)に行われる神社の行事で、6月30日に行われる大祓は夏越の祓(なごしのはらえ)と言います。
ざっくり言うと、1年の半分を過ごしたと言う事で穢れが溜まっているので、それを落とし浄めて残りの半年を迎えようと言うものです。

「人形(ひとがた)」については年越しの祓と同じなので、こちらを御参照ください。
ギリギリになると受け付けてくれない場合もありますので、お早目にどうぞ。

この時期になると神社の参道に「茅の輪(ちのわ)」が立てられていると思います。
小さな神社とか神職の方が居られないような所ではないかも知れません。
実は年越しの祓でも「茅の輪」を立てる神社もありますが、夏越の祓に比べると少ないです。

「茅の輪」の由来については、蘇民将来(そみんしょうらい)という方が一夜の宿を借りに来た神様をもてなした。そのもてなしに感謝した神様は「茅の輪を腰につければ災厄を免れる」と教え、スサノオと名乗って去っていったという話から来ているようです。

この「茅の輪」をくぐることで、病気や災いを免れるとされていますから参拝の折には是非くぐって下さい。
茅の輪くぐりには作法があります。

まず、正面に立ち一礼します。
輪の中を一度くぐります。この時左足で輪をまたぐようにして下さい。
そのまま左に回って正面に戻り、一礼します。
再びくぐりますが、この時は右足で輪をまたいで右方向に回って正面に戻り、一礼します。
再びくぐりますが左足でまたぎ、左方向に回って正面に戻り、一礼します。
そして最後に輪をくぐりますが左足でまたいで、今度はまっすぐ神前に進みます。
上から見ると∞のような形で回るのです。

文章だけですと非常に分かりにくいですが、茅の輪くぐりの作法が図と一緒に書かれてあることも多いので、それを参考にした方が良いかと思います。
なお、多くの場合は一般的に行われている上記の通りで構いませんが、神社によって多少違いがあったり独特な作法で行なう場合もありますので御注意下さい。

実際に立てられている茅の輪の「茅」を少し引き抜いて持ち帰って御守りにすると言う俗信があるようです。茅の輪は参拝者の穢れを吸い取っているとされておりますので、それを持ち帰る事は他の参拝者の穢れも一緒に持ち帰ってしまうということでしかなく、お守りにはなりませんから持ち帰ってはなりません。
由来に基づいて茅の輪を象ったお守りを授与している所もあり、当然ですがそちらは問題はありません。


夏越の祓をして、残り半年も気持ちよく過ごしましょう。

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前世が云々

2017年06月09日

このブログでは、個別な御相談へのお答えは極力御勘弁させて頂いておりますが、コメントに書いて頂いた内容が割とよくある話かも知れないので、記事にさせて頂こうと思いました。

-----ここから頂いたコメント---------------------------------------
ここ1年ほど、かなり悪い事が立て続けに起きてまして、自称見える友人からは、私の前世が300年以上前の商家の主人でお金に物を言わせてたくさんの悪い事をしていたので、その因縁だと言われました。

彼女は普通の会社員なのですが、何の前触れもなく突然そこに霊がいるとか言い出したりするので、霊や前世の存在を信じる信じないを別として、彼女自身がうさんくさいと思っている人も多くいます。
ただ、100%ではないですけど言い当てることもあるので信用して相談する人もいます。

私自身は特に信仰も持ってませんし、そう言う事に敏感でもないですが、言われてしまうと気になってしまって、色々検索してみてますが霊能者のサイトはあやしいですし、そうでないところも暴言や中傷のコメントがあったりで躊躇してました。

偶然こちらのブログも見つけて読ませて頂いたのです。
個別の御相談は受けてないようですが、何処かに相談した方がいいのでしょうか?
もし何か簡単なアドバイスでもありましたら教えて頂けますか?
-----ここまで頂いたコメント---------------------------------------

宗派によって違うかも知れませんが、仏教では輪廻転生はあると考えられておりますので、前世もその因果応報もあって、前世の因縁により今世の人生が左右されるとも言われております。

テレビなどのメディアでも霊能者や霊感のある芸能人の方など、人の前世が分かる、更には、何か悪い事があると前世の因縁がどうこうと言う方が非常に多くいます。
色々と言い当てる事もあると言うのは、コールド・リーディングという方法を使えば不可能ではないのでアテにはなりません。多くのインチキ霊能者も同様の事をしております。


まず、書いておこうと思うのですが、このブログの記事に何度か登場しているY君も、たまに見えている時の私も、私の知っている本当に見えていると信じられる人達も全員同じなのですが、よほど酷いのでない限りは
「そこに霊がいる」
などと言う事をその場にいる他者にわざわざ言うことなど絶対にしません。
仮にそこそこ酷いのがいたとしても、言葉にはせずにうまく誤魔化してその場を離れたり避けようとしたりするくらいです。
見えても、たいして影響が無いくらいのものであれば、何もいない、とまで言ってしまいますし。

キャラ付けしないとならない芸能人とかならまだしも、それなりの年齢で普通の職業に就いている人がわざわざその場で、そこに霊がいる、などと言うのは実は奇妙な行為なのです。
と言うのも、本当に見える人と言うのは、見えているものの事を喋ってしまったりして、他人から変わり者扱いや嘘つき呼ばわりされたりなど過去に嫌な思いを何度も味わっています。理解してくれる人もいますが大抵は変な目で見られます。
一、二度見た程度ならちょっとした話のネタにはなりますから話すでしょうが、一般人で何度も見えてしまう人は自分からわざわざ言う事などまずありませんし、変な人と思われたくないので見える事すらも隠したがる人の方が多いです。

私自身は、お金を取って霊能者の真似事をする訳ではありません(何も出来ませんけど)ので、嘘つきとまでは言われたりはしなくなりましたが、未だに一部の人からは変わり者扱いされています。
子供の頃は別としても、見えると言うのはおかしな事なんだと思うようになってからは家族にも一切言わなくなりました。付き合いが長い友人でも、霊が見える事があるなんて事を知らない人も大勢います。
実際のところはそんなものなんです。

このブログは実際に私を知っている知り合いも見に来てはおりますが、私が見える事があると知っている方ばかりなので気にする必要もありませんし、それ以外の方には私の身元は明かしておりません。
身元を明かして第三者に霊の話なんてしようものなら大半の人から変人扱いされるだけです。
既に知っている人以外は私の身元を知らない人だけなので、安心してと言うか躊躇わずに見えた霊の話も書くことが出来るわけです。(笑)


既に長くなってしまいましたが、前世のことについてを書きます。
残念ながら私は他人の前世どころか自分の前世も分かりませんので、インチキだとか断言する事は出来ません。

先に書きましたように仏教では前世があるとされていますので、仏教的観点から言わせて頂きます。
前世の因縁により今世が良くない人生だとしても前世を気にする必要など全くありません。それどころか前世の事を気にするというのは、仏教の教義では絶対にしてはならないとされている執着そのものでしかないのです。

そして、古い経典には
「自ら悪を為すならば自ら汚れ、自ら悪を為さないならば自ら浄まる。浄いも浄くないも各自のことがらであり、人は他人を浄めることは出来ない」
というお釈迦様の教えが書かれております。

たとえ本当に前世が分かる人から言われたのだとしても、人の前世の因縁は霊能者だろうと誰であろうと第三者には解消することは出来ず、自分自身で何とかするしかないのです。
霊能者に相談したところで解決は出来ないので相談するだけ無駄です。それよりも信仰を持っていなくても構わないので、悪い事がこれ以上続かないよう近所の神社やお寺にでも参拝して心からお願いした方が遥かにマシだと思います。

また、仏教的には余程悪い前世を送ったのであれば人間として生まれずに、地獄道や修羅道、鬼畜道、餓鬼道などに生まれて報いを受けているはずであり、それらよりも少し上の人間として生まれてきていると言う事はひと先ずある程度の償いは終えたか、もしくはそこまで悪い事をしたわけではないと言うことであるはずです。
前世やそれによる因縁など一部の仏教的な面を強調する割に、こういった六道への輪廻転生の話や、たとえ相手が悪人であろうと人を惑わしたり謗る事をしてはならないと言う教義はすっぽり抜け落ちているので不思議な事です。

仏教では人生は苦の世界であるとされていますので良くない事が続いたとしても不思議ではありませんし、かと言って苦しい事だけではなく楽しみもあるのだとされていますので、その内に良い事が続く事だって無いとは言えません。

具体的な前世の説明をされたからと言って、確かめようのない事をクヨクヨ気にしてネガティブな気分になっても良い事は起きません。
「ああ、そうなんだ。では、せめて今は少しでも正しく生きよう」
程度に思って、ポジティブな気持ちで自身に出来る程度の僅かな範囲で正しく生きるよう心がければいいと思います。

posted by 未熟な修行者 at 01:37 | Comment(9) | TrackBack(0) | 日記

負の感情

2017年06月02日

私の本業では、稀に人様の事情に少し介入する事があります。
かなり以前の話ですが、自殺されて間もない方のノートパソコンの中を調べている時に遺書を発見した事があります。もちろん勝手に調べた訳ではなくて、保存されているファイルを調べねばならない御依頼があった時に見つけたものです。

呪いのビデオだのの話を聞いたりする事がありますが、あの辺は基本的に故意に作られた物がほとんどです。
実際にはビデオやら、パソコンに保存されている物などから何らかを感じる事などまずありません。

しかし、そのノートパソコンを渡された時はとても強い負の感情を受け取りました。
なんと言えばいいのか、そのパソコンからはいわゆる霊的なもの自体ではなく、ちょっと質の悪い霊のまわりによく漂っている負の感情と同じような感覚だけが感じられるのです。霊がそのパソコンに憑いているのではなく、圧倒的な負の感情が纏わりついているという感じです。
急に視界が狭く暗くなった感じになり、そのパソコンに触るどころか近寄るのも嫌で嫌で、断りたいと思ったくらいでした。

実はこの時には自殺された方の物だと聞いていなかったのです。渡された後に
「実は持ち主は自殺してしまって・・・」
と聞いたのです。
実は見える時期に突入していた事もあり、本当はその話を聞いた時点で断りたかったのですが、良くして頂いているお客様を通しての御依頼でしたので断るに断れませんでした。

依頼された目的のファイルを探している最中に遺書のファイルを見つけてしまったのです。
遺書だと判断できるようなファイル名ではありませんでしたが
「このファイルの中身は見たくないな」
と思いました。
しかし、一応確認しなくてはなりません。
さすがに中身を全部読むわけにはいきませんが、何のファイルを確認するために開いて少し読みました。

詳しくは言えませんが、中身は周囲の人に対する恨み、妬み、嫉みのオンパレードでした。
もちろん凄まじい負の感情を感じます。途中までしか読んでいないのに、気持ちがどんどんダウン気味になってきます。私までが
「死んだ方が楽だよな」
という気持ちになってくるようなとても強い負の感情です。
これは宜しくないなと思ったので
「これは遺書のようですね」
と伝えてすぐに閉じました。

警察や保険会社や金融会社に証拠として見せなければならないので、万が一パソコンが起動できなくなった時を考え、念のためUSBメモリにコピーしておいて欲しいと言われました。
「こんな負の感情を増やしていいのか」
とも思いましたが仕方ありませんので、ファイルをコピーしました。
その後、何とか目的のファイルも見つけることができ、それらもコピーしました。

不思議な事にファイルをコピーしたUSBメモリからは負の感情はまったく感じません。
人によっては妙な影響を受けかねないのではと心配でしたので少し安心しました。

霊そのものではなく、負の感情と言いますか、負のエネルギーと言いますか、そういったものも人に大きく影響が及んでしまう事もあるのです。
たて続けに自殺者が出る場所とかなのに霊が全く見当たらないなんて事はざらにありますが、何らかのきっかけでそういった負の感情に触れてしまい、自殺まで引きずられるのかも知れません。

ちなみに、この後3日間ほど体調が悪いままでした。^^;

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霊に脚はあるか

2017年05月27日

直球なタイトル。(笑)

私が見える事があると知っている人から何回か聞かれた事があります。

結論から言うと
「基本的にはある」
です。

基本的には人間と同じ姿です。
ただ、ずっと同じ姿を保っている訳ではないので、ぼやーっと輪郭が薄くなったり、モヤのように人間の姿と思えなくなってるのもいます。そういう意味で脚が見えないのも腕が見えないのも頭が見えないのも、色々です。

でも、最初から脚だけ見えないってのもまったくいないわけではありません。頭や腕や脚が末端にいくにしたがってボンヤリとしてるのに、それ以外は割とはっきり見えることもあります。
霊の姿と言うのは霊自身がイメージしている自分の姿であって、霊自身が末端までイメージ出来ていないと脚や腕が見えないのかも知れないと思っています。

亡くなった時の姿で出てきているという可能性も考えられます。
ただ、交通事故などで血だらけになって亡くなった筈の方でも、傷一つない綺麗な姿で現れる事も多いです。
スプラッターなのもたまにいますけどね。脚や腕がちぎれてるなんてのも本当にごくたまにですが見る事はあります。
もしかすると自分の凄惨な遺体を見て、霊が自分の姿はこうなんだとイメージしてしまうせいなのかなと。


霊が見せようと思っている姿を見せられているだけなのかも知れません。
私ごときに真相など分かりませんが。(笑)


ただ、多くの場合は普通の人間の姿が多いです。
生きている人と違って違和感満載なので、霊だって分かる事が多いです。

posted by 未熟な修行者 at 22:57 | Comment(9) | TrackBack(0) | 日記