心理的瑕疵物件@

2017年08月31日

去年の記事になりますが、御返事コメントで
「水晶が2日で濁ってヒビが入った」
と書きましたが、その話になります。

心理的瑕疵物件って御存じでしょうか?
周辺に嫌悪されるもの(暴力団等の事務所、葬儀場、火葬施設、墓地、刑務所など)がある物件の場合にそう呼ばれるケースがあります。

そういったもの以外で、物件自体の傷みなどではなく、事件や事故などで人が亡くなった物件を心理的瑕疵物件と呼ぶことも多くあります。
ただ、こちらの場合は判断が難しく、各人の受けとめ方によってしまいます。
たとえば、自殺や殺人事件などで亡くなった人がいる物件の場合のみそう呼ぶ方もいますし、中には病気や老衰などで亡くなった物件であってもそう呼ぶ方もいます。
実際のところ、長い歴史の中で人が亡くなった事が一度も無いと言う場所の方が圧倒的に少ないわけであり、たとえ普通でない死因で亡くなった方がいた場所であろうと、霊が出たり不気味な現象が起きるなどと言う物件と言うのは圧倒的に少ないのです。

現に何件かの心理的瑕疵物件の相談がY君に持ち込まれていますが、大きな問題があると判断したのは僅かしかありません。
ほとんどが気にし過ぎで些細な事でも不気味に思えてしまうだけで、実は何も問題は無いと言うケースです。
やや問題がありそうな場合でも、晴れた朝に窓やドアを全て開けて空気を入れ替えるとともに掃除をすれば問題無しとなるケースも多いです。
残りは、神社やお寺さんに頼んできちんとお祓いしてもらえば問題無しになるケースです。きちんとお祓い出来ているかどうかの判断は難しいですが。

ただ、中には不気味な事が起きるケースも稀にあります。
このお話はY君に相談があった、そういった物件の話です。

とあるアパートで他人を羨み妬んで自殺された方がおり、死後十数日経過してから発見されました。
恨み妬みをぎっしりと書いた紙が部屋中に散らばっていたそうで、あまりの異様な状況に近所の神社に御願いしてお祓いも一応したそうです。
とは言え、やはり聞こえが悪い事もありますので、約1年半程は賃貸として人に貸さず倉庫として使用していたのだそうです。
それから徹底的にリフォームし、入居希望者には瑕疵物件と言う事を知らせて、それでも構わないという方に限定して格安で貸すことにしました。


最初は大学生の男性だったそうです。本人にも親御さんにも瑕疵物件である事は伝えましたが、リフォーム直後で綺麗な上に賃料が安いため、そんな事は気にもしなかったようで内見に来た後すぐに入居を決めたそうです。
しかし、半年ほどで体調を崩して退学して田舎に帰ってしまいました。霊が出るとか、不気味な事が起こるなどの話はなかったそうです。

その次は20代後半独身の会社員男性でしたが、この方は急に転勤が決まって3ヶ月ほど住んだだけで出て行きました。丁寧に挨拶に来た上、急な転居を申し訳なさそうに詫びていったそうで、特に苦情も無かったそうです。

次は30代前半の会社員男性でした。この方にも一応瑕疵物件であった事は伝えましたが、直前まで住んでいた人は転勤で普通に出て行っただけと聞き、それならと入居しました。
しかし、2週間ほどでその人は
「こんな部屋に住んでいられない」
と言い出したそうです。
どういう訳なのか聞いてみたところ、帰宅すると部屋に悪臭が漂っている、寝ていると何を言っているかは分からない低い声が聞こえるので隣接する部屋からかと思っていたのだが明らかに自分のすぐ横から聞こえる、買ってきた(そう簡単には枯れないはずの)観葉植物が3回も何故かすぐ枯れた、不気味に思い神社の御札を貼ってみたが会社から帰宅すると必ず床に落ちている、盛り塩をしてみたが翌日には汚水を含んだように溶けてグレーになっている、などなど。
お金の面で少しもめたようですが、彼は必死に訴え転居してしまったそうです。

オーナーは彼が転居した後、彼が置いたと言う同じ観葉植物を持ち込み、盛り塩もしておいて、一晩その部屋に泊まってみましたが、何も起きなかったそうなのです。観葉植物にも盛り塩にも特に変化は見られません。
彼の訴えは迫真に迫っていたようにも見えましたが、自分が一晩泊っても何も起きないですから、もっと良い物件を見つけたので瑕疵物件だった事を口実に因縁をつけて出て行ったのかも知れないとも思ったそうです。


続きます。

posted by 未熟な修行者 at 23:59 | Comment(10) | TrackBack(0) | 日記

少しだけですが

2017年08月26日

急に色々と忙しくなってしまっております。
ほとんどが仕事ではありませんけれど。(笑)
すぐに落ち着くとは思います。

面倒な事に見える時期にもなっております。^^;
早く見えなくなるといいのですが。

一応、アップしようと思っている記事があるのですが、まだ纏めきれておらず中途半端な状態です。
パワーストーンの処分の記事の所にコメントした話で、私自身は最初からは関わっていないのですが結構強烈な体験でした。

何も気にせず一通り書いてから、濁した方がいい所を濁し、分かりやすい表現に変えたりなど文章を整えてからのアップになります。今までも整っていない文章ばかりですが。^^;

暫くお待ち下さい。

posted by 未熟な修行者 at 23:44 | Comment(6) | TrackBack(0) | 日記

仏壇や位牌を分けてもいいの?

2017年08月18日

こちらのブログでの話題ではないのですが
「仏壇を引き取るってのは可能なのか?」
という疑問を知人女性から聞かれました。
話の流れでそういう疑問が出たのでしょうが、そもそもお寺さんに聞いた方が確実ですけどね。^^;

田舎のお兄様のいる家に仏壇と位牌があるそうなのですが、そのお兄様は元々信仰心が無いようで、普段は仏壇を閉じたまま、お盆や年末年始に親族が集まる前だけ掃除をして御花を供えているそうです。
些細なきっかけで判明したそうなのですが、仏壇の扉は閉じられたまま埃まみれで開けているような形跡も無かったそうなので、おそらく普段は何もしていないのだろうと。
知人女性は強い憤りを感じて、仏壇や位牌を自分の家に引き取りたいと思ったそうなのです。

この知人女性も既婚者ではありますが御主人は三男ですので御自宅には仏壇は無く、自分のところで引き取っても問題はないと思うがどうなのかと聞かれたのです。

現代では形だけ葬儀や法事は行なうとしても信仰心など無く、兄弟や親族の家に仏壇があっても普段は何の供養もしていないというケースもかなり多く、同様の疑問を持つ方も割と多いのではないかと思いましたので記事にしてみようかと思った次第です。


まず、嫁ぎ先などで御自宅に既に違う宗派の仏壇があり、位牌のみを引き取りたい場合です。
この場合、原則的には位牌のみを引き取り、違う宗派である元からあった仏壇に安置すると言う事はしません。
表現が変ですが、現在の仏教の宗派のルールとしては余程の事情が無い限り、移転元の宗派のお寺さんも移転先の宗派のお寺さんもあまり良い顔はされない事が多いかも知れません。
しかし、仏壇と言うのは御本尊を祀る場所であるので、一つの仏壇に両宗派の御本尊様を祀ることなく、別宗派の位牌のみを安置する分には何も問題無いと言われる宗派やお寺さんもあります。と言いますか各お坊さんの考え方によるかと思います。
どちらにしても両方のお寺さんに相談してみるしか手はありません。

仏壇ごと引き取る場合、一つの家に宗派の違う仏壇が2つあるのは(持ち込む先の)御家族が了承している限り問題ありません。御本尊様が別々なのであれば致し方ないからです。
仏壇を安置する場所や向きについては両宗派のお寺さんに確認された方が良いと思います。
一つ言うなら、同じ部屋に2つの仏壇を安置するのは可能な限りは避けた方が宜しいかと思います。
どうしても同じ部屋に安置するしかない場合は、どちらかを格上の仏壇と見做す必要があり、たいていの場合は御主人の家系の仏壇が格上と言う事にして、それよりも立派な仏壇は駄目、格下とする方は少しずらして安置しなければ駄目、更には向かい合わせにしては駄目、などなど気を遣う必要もあります。
祀る側の気持ちの問題もあるので、可能であれば別の部屋の方が気分的にも良いでしょう。

嫁ぎ先であるが自宅に仏壇が無い場合、(持ち込む先の)御家族が了承していれば、仏壇を引き取っても良いと思います。


ただ、どの場合であっても少々の問題はあります。
多くの宗派では仏壇も御位牌も安易に移動してはならないとされているからです。
田舎にある仏壇を嫁ぎ先に移動したいと言う場合、まずは田舎で葬儀や法要を依頼したお寺さんに連絡して、移転前の法要を行なって頂いて、移転先では同宗派のお寺さんを探して移転後の法要を行なって頂く必要があるとされています。最近ではあまり気にされる方もいないのか、もしくは知らないのかは分かりませんが、きちんと行なわれる方も意外と少ないのですが、家を引っ越す際の仏壇の移動であっても必要な事とされています。
宗派によって色々違うのですが簡単に言えば、移転前に魂抜きをしてもらい、それから移動し、移転先で魂入れをしてもらう、と考えて頂ければいいでしょう。当然お金はかかってしまいます。

仏壇ごと移動はなかなか大変ですが、位牌のみ移動したら残った仏壇はどうするんだと言う話もありますし、そもそも位牌の移動も承諾してくれないかも知れません。
宗派や地方によっては位牌分けと言う方法をとる事も出来る場合があります。同じ位牌を作って頂いて、自宅で祀る際にお寺さんに魂入れをしてもらう、つまり複数の家に位牌があると言う形ですね。
位牌代と魂入れだけなのでそれほどお金はかかりませんが、位牌分けが出来るとしても当然ながら移転元と移転先の御家族の了承は必要です。
また、別宗派の仏壇に一緒に安置と言う訳にはいかない場合もあり、お寺さんによっては立派ではなくともきちんと仏壇は用意するよう言われる事もあり、それなりにお金がかかる場合もあります。
また、宗派やお寺さんによっては位牌分け自体行なわないと断られる場合もあります。


仏壇ごとでも位牌のみでも、または位牌分けだとしても、たとえ何も御供養していないと言っても、現時点で仏壇や位牌をお祀りしている家の方々の了承が必要になります。
他の親族の手前もありますので簡単にいいよと言う訳にもいかないことも多く、親族間のトラブルにならないとは言えません。その辺りは十分に注意が必要です。


そこまで色々と説明は致しましたが、私が知人女性に最終的にアドバイスしたのは、もっと遥かに簡単な方法です。

御供養が無いのは故人にとって悲しい事、きちんと御供養してあげたいと思う気持ち自体がまず御供養になっている、親族間でトラブルが起きては故人は悲しむので無理して仏壇や位牌を移す必要はない。故人が元気だった頃の写真を飾って、お花、お茶、お水、御線香、故人の好きだった物などをお供えして、心から供養すればいい

そのように伝えました。

信仰している宗派がある身で言うべき事ではないですね。
ますます、御師匠(師僧)様の事も詳しい分派も言えなくなる発言だったかもです。^^;

posted by 未熟な修行者 at 23:26 | Comment(12) | TrackBack(0) | 日記

霊が消える=無になる?

2017年08月13日

コメントで頂きました御質問へのお答えの記事です。
人によってはまったく違う意見であったり、宗教宗派によっても考え方は違うと思いますが、それらの意見や信仰を否定するつもりではありません。
あくまでも、たまに見える程度の私のこれまでの経験からの推測たっぷりな見解となりますことを御理解下さい。


自死に限らずですが、強く執着している思いだけがその霊の意識となっているような気がします。逆に言えば霊は執着と言う意識そのものなのかも知れません。

生まれた時の意識があるとします。その意識には何の執着もありません。敢えて言えば、生まれるという執着はあるのかも知れませんが、とりあえずは何も無いと考えて下さい。
この最初の意識に、この世で生きて色々学んだり経験した意識がくっついていきます。それが考え方や人格なりを形成していきます。
もちろん生きている間には、お金が欲しいとか、そういった執着の意識もくっつくわけですが、お金が手に入ればそれは消えます。それ以上欲しいとか考えれば再びくっつくのでしょうが。
たいていの人間は自分の人生に折り合いをつけて生きており高望みは無理と分かっているので、お金が手に入ればいいな、くらいは執着としてはごく小さいですし執着にもならないかも知れません。

亡くなる際に自分の人生に満足していれば執着などないのでしょうが、なにしろ亡くなる瞬間の事なので、その時点に抱いた、愛情や怨み、苦しみ、心残りなどの執着はとても強いものとなってしまいがちです。
霊の意識としては、この最後の執着の意識で包まれていると言うか、その執着が前面に出てしまっているというような状態で、それが霊の姿や現象としての存在として現れているのではないかと思います。


霊の姿はたいてい生前の姿と同じです。身体がバラバラになるような亡くなり方をしたとしてもバラバラになった姿で現れてくる事はまずありません。たいていの場合は霊自身の意識にある生前の自分の姿で現れる事が多いと思います。
ただ、見せたい姿はある程度の範囲では自由に変えられるようです。
顔を見せたくないのか顔だけハッキリ分からないように出来るようですし、亡くなる直前に負った怪我を見せたいと思っていれば怪我を見せる事も出来るようです。自分が気に入っていた服装で現れる事も多いです。
こういった自分をどう見せるのかも執着の一つかも知れません。

姿を変えられると言うところからもお分かりかと思いますが、一応自我(と言いますか執着以外の本人の意識そのもの)はあります。霊と会話が出来る方や、霊能者が霊を説得する事がありますが、これも霊に執着以外の意識が無ければ不可能な事です。
ただ、現れる多くの霊では執着が前面に出てしまっており、本来の意識はその後ろにあると言う感じと思って頂ければいいかと思います。
更に本来の意識などより遥かに執着が強過ぎるのは、いわゆる悪霊と言われるものなのだと思います。

この本人の意識というのはある意味では厄介です。
残された者が亡くなった人に対して執着を持っていると故人は成仏できない、故人の死をいつまでも嘆いていると成仏できない、などという話を聞いた事があると思います。
これも霊に執着以外の本人の意識があるために言われる事です。
死の瞬間にはほとんど執着が無かったのに、残された者が抱く自分への強い執着を感じとり、それをきっかけに故人が残った者に対して執着を持つ、つまりお互いに執着を持ってしまうというケースが稀にあります。
心情的には大変よく分かり、悲しむこと自体は故人への供養ともなりますのが、故人に対して必要以上に執着するのはよくありません。死は死として受け入れて悲しむのであれば問題はありません。
そういう意味で言えば心情は別としても下手に執着を持つくらいであれば、霊には会えない方が良いと思います。

執着とはこの世で肉体があってこその物であり、亡くなってまで執着を持ち続けても既に肉体が無いのですから絶対に叶わない事です。叶わない執着がいつまでも残っている事こそ故人には苦しみです。
肉体が無い以上いつまでも執着していても苦しいだけで意味がないのだと分かれば執着はいずれ薄れていきます。
つまり、その霊の意識の表面上を包んでいた執着が消え、生きている間に積み重ねてきたその人の歴史とも言うべき意識だけになります。
執着さえ無くなれば、この世といつまでも関りを持つ意味も人に姿を見せる意味も、更にはこの世に留まる理由すらもなくなるわけで、執着の意識つまり霊そのものとしての存在意義が薄くなって消えるのかと思います。そして、この時点以降から見えなくなり、感じなくなるのではないかと思います。
私には出来ませんが霊能者が浄霊などで説得するのは、執着しても叶わないのだと霊にいち早く理解させる事なのかと思います。


いずれ消えると言うのは、この世の人間には見えもせず、感じる事も出来なくなると言う意味です。
霊がその場に縛り付けられているなどと言う事はその場に強い執着を持っていない限りはあり得ませんので普通に移動もします。移動したためにその場では見えなくなったと言う可能性もあります。
ただ、段々薄くなって消えていく霊を多く見ておりますので普通はいずれ消えてしまいます。
その消えた霊がどうなったのかですが、既に見えず感じる事も出来なくなっていますので実際には私も分かりませんが、あの世に旅立ったのだと信じています。

完全に無になったと考えられない事も無いですが、執着を捨てて消えた霊や、死後には現れなかった霊が、数年後など時間が経ってから現れる場合も本当にごく稀にあります。
この場合、普通の霊とは感じ方も見え方も違います。悪意はまったく感じず、見えても恐怖心もわきません。薄く光っていたり、普通の霊と違い透明感(透明と言う訳ではなく、綺麗に見えると言う意味です)があります。曇りのない微笑み(敢えて言うなら乳児の屈託ない笑顔が一番近い感じ)を浮かべている事が多いです。暖かい心地良さも感じますし、周りの空気も澄んでいて柔らかい感じです。これは神仏の存在を感じた時とやや近い感覚です。
どういう仕組みなのかまでは分かりませんが、あの世から一時的にこの世に戻ってきて姿を見せているのではないかと思っています。
ですので完全に無になると言うのも違うのだろうと思っています。

余談な上にまったくの推測でしかありませんが、あの世ではその人の歴史そのものである意識も長時間かけて徐々に消えていき、生まれる前の意識と同じ真っさらな状態になった時に、新たな命として転生してくるのではないだろうかと思っています。


自死した霊が長く苦しむという説は宗教的な教えの背景が大きいかと思います。
私が知る限りでは、死因が自死だからと言って他の死因の場合とは大きく違うと言う事は無いと思っています。
どちらかと言えば、すべてを断ち切るために自死している方が多いのでこの世に強い未練や執着が無いのか、亡くなってすぐに姿も見えず存在も感じられなくなっているケースの方が多い気がします。
自死でなくとも病気や事故などでも即死でない限り、自分は死ぬんだと悟った瞬間にこの世との決別を覚悟する方が多いためなのか、多くの場合は霊として姿を見る事もありません。
もちろん執着がある場合は別だと思いますが。


以下は少し仏教信仰者の意見が混じってしまうお話ですが御勘弁下さい。
自死は非常に罪深い事で、場合によっては来世ではもっと苦しむ事になったり、そもそも人間界に生まれて来ることが出来ない可能性もあります。
残された側にとっても病死や事故死以上にショックの大きい事で、場合によっては自分達にも自死の責任があるのではないかと思い悩ませてしまうという罪業もあるのです。

であればこそ、自死という罪業が僅かでも軽くなるように故人の為に御供養すべきと思います。
執着するのではなく故人の事を決して忘れない事、故人の罪業が少しでも軽くなり安らかにあの世で過ごせるよう心から願う事、そして残された者が僅かなことでも構わないので善い事をしてその功徳が故人のものとなるよう願う事、ですね。心から願う事で僅かであっても故人の助けにもなる筈です。

もちろん、この為だけにわざわざ何かの宗教や宗派を信じるなどしなくても構いません。
言ってみれば大きな括りでの神仏という意味で、お寺でも神社(忌中の参拝は駄目ですが)でも教会でも、その時々で気が向いた所で願っても構いませんし、御自宅の御部屋で願っても構わないです。


長々と書いてしまいました。
見える事があるだけの私などには分からない事だらけですし、どう説明すればいいのかも難しく、お聞きになりたかった御質問に十分お答えできているとも思えません。また、書いた事に当てはまらないケースもあるので必ずしも合っているとも言えません。
(いつものことですが)書き殴ったようなまとまり無い文章になったことと、人によっては失礼と受け取るかも知れない部分もある事も重ねて御詫び致します。

posted by 未熟な修行者 at 22:59 | Comment(22) | TrackBack(0) | 日記

お休みです

2017年08月09日

今日は仕事がお休みです。
と言っても、朝は電話やメール対応に追われておりました。

その後ちょっとした雑用を片付けて、念願の買い物に行ってきます。
何を買うのかは内緒です。(たいした物じゃありません)

閉店時間が早く、土日は休業日、行きたくてもなかなか行けなかったのです。
更には店長の気分次第なところもあって営業日が不定で、平均週3日ほどしか営業していないのです。^^;
電話してみたら今日は営業していると言う事だったので行って参ります。

それなのに、この猛暑です。
お寺にも行きたいのですが、果たして行けるかどうか・・・

皆様も熱中症等お気をつけ下さい。


posted by 未熟な修行者 at 11:39 | Comment(6) | TrackBack(0) | 日記

嘘の怪談話で出来た霊

2017年08月08日

先日、御返事のコメントで
「嘘の怪談話だったのにその霊が現れて付きまとわれたというケース」
があったという話をしました。

例によってY君に相談があったのです。私はついでのように呼ばれました。

A君が中古で購入した車に、B君、Cさん、Dさんが同乗し、とある湖に遊びに行き、夜7時頃に帰る事になりました。
順調に行けば2時間程度で帰る事が出来る筈だったのですが、帰りの道がひどく渋滞していたため、カーナビで探した迂回路で帰る事にしたそうです。当然ですが街灯もなく真っ暗な道です。
やめておけばいいのに怪談話をはじめたそう。

怪談を細かく書くと長くなるので、ざっくり説明します。(笑)

この車が中古だと言う事もあったので、Cさんが中古の事故車にまつわる怪談話をし始めました。
山道でカーブミラーの下にリードに繋いだ子犬を散歩させているらしい女性が立っているのを目撃。こんな道で犬の散歩とは少し不気味に思ったがそのまま素通り。しかし、どうやら同じ所をぐるぐる回っているようで、そのカーブミラーと子犬を連れた女性が何度も出てくる。この際、道を聞こうと恐る恐る声をかけると、振り向いた女性の顔は血まみれ、リードの先には子犬と言うより血まみれの肉の塊。慌てて逃げるも車の中にその女性の霊が現れ、事故を起こして運転者が死亡、車のボンネットには子犬の足跡らしきものがたくさん残されていた、という話。

続いてDさんの話。
ある古戦場に肝試しに出かけた3人の若者。ふざけて小さなお地蔵様の石像を倒してしまった。
悪びれもせずその場を立ち去ったが、ふと気づくと2人がいない。戻ってみると石像を倒した辺りから声がする。2人で自分を脅かそうとしているのだと思い懐中電灯の光を当ててみると、地面に座り込み頭を下げて何かブツブツ呟いている。声をかけても反応しない2人だったが急に倒れこんでしまう。
すると突然、懐中電灯の明かりが消え、耳元で「逃がさん」と声がしたと同時に気が遠くなってしまった。そのまま3人は行方が分からないままになっている。

続いてB君の話。
昔ある女子中学生がいじめを苦に自殺した。いじめていたのは同じクラスの女子4人。元々は仲の良かった5人だったのだが、ある日を境に1人だけいじめられるようになったのだった。
しかし、学校側ではいじめは無かったと主張、今と違って特に問題視される事も無いまま4人も卒業し、家庭を持つなどそれぞれの生活を送っていた。20年ほど経ったある日、同窓会が開催されて久しぶりに4人は顔を合わせた。自殺した同級生の事などすっかり忘れて楽しんでいたが、急に見覚えのない女性から「あと4人足りないから待ってるのよ」と言われた。覚えがない女性だったので「あの人は誰だっけ?」と周りの人に聞いてみるが「誰の事?そんな人いないよ」と誰もが口を揃えた途端、4人とも思い出した。自殺した子の母親にそっくりだったことを。

「もうやめろよ、運転に集中できないじゃん」
とA君のクレームで怪談話は終わりました。
それから20分程でやっと大きな通りに出ました。

「あ、ごめん、コンビニあったら寄って」
とDさん。
程なく見えてきたコンビニの駐車スペースに入りました。コンビニでトイレと買い物を済ませ車に戻ろうとすると傍に中年の女性が立っています。
何だろうと思いながら4人が車に乗り込もうとすると、その女性は突然
「4人足りないから待っているの」
と言いました。

「え?何?」
と思いましたが、ちょっと変な人かもしれないと思った4人は相手にせずに車に乗り込み出発しました。
振り返ってみてもその女性は見当たりません。さっきの怪談話を思い出し、車内は少し嫌な雰囲気になりました。

暫く走ると、今度はカーブミラーの所に女性が立っているのを発見。子犬を連れているかどうかまではよく分からなかったようです。
運転しているA君が見つけ
「お、おい、あのミラーの下・・・」
との声で、全員がそちらを見る。
半分パニック状態になりながらA君は車を走らせます。
「いやいや、気にし過ぎだよ」
とB君が言い、少しでも気を紛らわせようと音楽をかけました。
その後、特に何事もなく順調に走って、見覚えのある地元に戻ってきました。

CさんとDさんを自宅まで送ろうと少し狭く交通量の少ない道路を通っている時、急にエンストしました。車のヘッドライトは点いています。A君は大慌てでエンジンをかけようとしましたがかかりません。ガス欠と言う訳でもありません。
何度もキーを回している最中に、Dさんが
「今、何か聞こえなかった?」
と言いました。
A君もキーを回すのをやめて、耳をそばだてます。
住宅街の狭い道路上のエンジンが止まった車の中で全員が音を聞こうと黙った時でした。
「逃がさん」
とハッキリ声が聞こえたそうです。
「うわー」
と悲鳴をあげ、A君がしきりにキーを回すと何回目かでエンジンがかかりました。
そのまま走って、最寄りの駅前まで逃げ出しました。

その場所からY君に電話をかけたらしいです。
Y君から
「暇なら一緒に来てよ〜」
と私にも連絡があったのでした。
(ちょっと借りがあって断るに断れなかったのです)
見えない時期でしたので、危うくY君に見えるようにされそうになりましたが
「夜はやめてくれ」
という私の抗議を何とか受け入れてくれたのは幸いでした。(笑)
それにしても1時間近くもその場所で待っていた4人は余程怖かったのでしょうね。^^;

Y君が4人から事のあらましを聞き、車内をちょっと覗き込んで
「ああ、なるほど」
と少し笑うと、私に向かって
「ちょっと車の中入ってみ〜」
と言いました。
見えないので強気なままの私も車に入ってみました。外から見てても同じでしたが乗ってみても別に何も感じません。
「何も変な感じはないと思うけど」
と私が言うと
「でも、いるにはいるんだよね〜。すっごく弱い消えちゃいそうなのだけど、帰り道の途中でついてきちゃったんだろね〜」
Y君が言うには、もういつ消えてしまってもおかしくない姿すら留めていないのがいるのだそうです。
「俺にもぼんやりとしか見えない薄〜いモヤみたいになっちゃってるやつ」

怪談話をしていたせいで普通なら何の影響もない弱くて消えてしまいそうな霊を呼び寄せてしまったそうです。怪談話をしていると霊が寄ってくると言うのは必ずしも間違いではなく、稀ですが恐怖心に引き寄せられるのか寄ってくる場合もあるそうです。

私も簡単にその怪談を聞いていてすぐに分かったのですが、よくある話にアレンジをした作り話でした。そもそも霊現象を体験した当事者が死亡したり行方が分からなくなっているのに話が伝わっているわけが無いですものね。少なくともCさんとDさんの話はあり得ないです。

実はA君だけではなく他の3人も内心は怖がっていて、合計4人の心の作用と言うかイメージによって、この程度の姿すら留めていないような霊でも具体的な現象や姿を見せることが出来たのだそうです。見えたと言うか心に働きかけて見えた気にさせるような感じだそうです。聞こえたという声も実際には音ではなく、心に働きかけているだけじゃないかと言う事です。

さすが車のディーラーと言うか、この程度のものに車をエンストさせるような力などあるわけがないので、エンストは車自体の問題だと思う、オートマ車でも急にエンストして暫くエンジンがかからないという故障は割とあって危険なので整備して貰った方がいいと言っておりました。(笑)

たいしたもんじゃないから気にさえしなければ自然に消えるか出ていくという説明をしていましたが、気持ち悪くて乗れないという4人の訴えで、全部のドアを開けてからY君1人が乗り込み、手でシッシと払うような仕草をしただけで
「はい、出てったよ」
「え、それだけ?」
と、4人はなかなか信じてくれませんでしたが。(笑)
私は見えていないので実際に出て行ったのかは分かりませんが、その後は何も起きなかったそうです。
あ、エンストの件はY君の言ったとおりで故障があったそう。


はい、やはり長くなりましたが、これで終わりです。^^;

posted by 未熟な修行者 at 22:41 | Comment(16) | TrackBack(0) | 日記

ただ見えた話

2017年08月04日

ただ見えたというだけの話はつまらない、とか言っておきながら書いてしまいます。(笑)

一昨日ですが、客先に伺っての仕事がありました。
大きくはないですが、小洒落たオフィスビル(要は雑居ビルですが)の7階にお客様のオフィスがあるのです。
1階は店舗になっていて、店舗の横を通って奥の方にエレベーターがあります。

どう説明したらいいのか分かりませんが、エレベーターの扉の横、壁と繋がるところが若干斜めになっていて鏡のようになっております。
エレベーターに乗り、左側の鏡側を見ると右側が映って、右側を見ると左側が映るのです。
左側(乗る前なので右側)の鏡に映るのは横にある店舗のウインドウです。

エレベーターが1階に着いて、降りてくる人がいるかも知れませんので横にずれました。その際に私の後ろにも誰もいない事を確認しています。エレベーターからは誰も降りてきませんでした。
エレベーターに乗って7階のボタンを押して、左側の鏡のようになっているところを見ました。
40代くらいの女性が映っておりましたので乗る人が来たと思い、開ボタンを押した(その時に目を離した)のですが乗ってきませんし、左側の鏡の所には店舗のウインドウが映っているだけです。
おかしいなと思い、エレベーターの外を見ても誰もいないのです。
女性の姿を見てから、ここまで1〜2秒です。

よく考えてみれば、かなり鏡の近くに立っていないとならない大きさで女性が映っていたのです。
鏡は斜めになっていますから、その大きさで映っているのであれば、エレベーターの昇降口の真ん前に立っていないとならない筈です。

「あ〜、見える時期が来たか」
と思いました。
扉が閉まれば密室になるエレベーターですから、どうするか迷いましたが、そのまま7階に行きました。(笑)
特に何も起きませんでした。見えただけの話です。

てっきり見える時期が来たのかと思いましたが、その後は別に他の霊も見ておりません。見えたのはエレベーターの所の鏡に映ったものだけでしたので、見える時期になったわけでもなさそうです。

鏡に映ったのしか見えなかったというのも考えてみれば変な話です。
直に見そうなものですし、何よりも鏡に映った霊など今迄は見た事がありません。
鏡に霊が映るものなのかは知りません。個人的には映らないのではないかと思っているのですが

見間違いの可能性も無いとは言えませんが、それなら髪型や服をはっきり覚えているのは何故なのかと。^^;

と言う訳で、ただ見たというだけの話でした。

posted by 未熟な修行者 at 00:59 | Comment(10) | TrackBack(0) | 日記

夏が来れば

2017年08月01日

怪談話を聞きたがる人が多いですね。
私の身の回りにも多いです。(リアルの方ですよ)
涼を求めてなどとも言いますが、怪談話など聞いたところで暑いものは暑い気がするのですが。(笑)

私がたまに見える事があると言う事を知っている方などは
「見えるんだから相当怖い話をたくさん知っているはず」
と思う方が多いようです。

ところが、実際に見えているものの話をしても怪談話としては怖くもなんともない方が遥かに多いのです。

「そこに薄っすらと人の姿をしたものがぼーっと立ってる」
「今そこを人型の黒いモヤが移動している」
「でも、何故ここにいるのか経緯は知らん」

どうです?別に怖くないですよね。(笑)

見えたとしても多くの場合はこの程度のものです。
何らかの理解できない現象が起きたり、人が亡くなった場所だとかのバックストーリーがあるからこそ怖いわけで、何だか知らないが見えたというだけであれば話しても怖くはないですよね。
念の為に言っておきますが、実際に見てしまった私自身は怖いですし、超ビビりますけれども。(笑)

もちろん見えるために怖い話と言うか相談が持ち込まれる事も多いので、怖い話はそれなりにあるのですが、少々差し障りがある事もあり、そう安易に喋ったり記事にしたりは出来ない事が多いのです。
差し障りと言っても変な意味ではなく、ある程度は個人的な情報を書かないと訳の分からない話になってしまうケースが多いと言う事です。
特にブログの記事にする場合は、おおよその場所とか家族構成とか前後の出来事とか様々な情報をそのまま書いてしまうと個人を特定されかねませんので、書いては直して暈すところは可能な限り暈さないと記事には出来ません。


あと夏と言えば、お化け屋敷ですね。(笑)
よく言われることもあるのですが、本当の霊を見るくらいだから平気でしょ、と思うでしょう?
いやいや、とんでもない、普通に驚きます。^^;

お化け屋敷に限らずホラー映画でも同じですが、明らかに恐怖心を煽りたてようという意図の上で仕掛けられた音響効果や急な映像には驚くに決まっています。怖いというよりは単純に驚く方です。
本物を見る事がある奴が、作り物だと分かって見ているので多少の耐性はあるかも知れませんが、それでも驚く時は驚きます。
普通に驚く私を見て、なんだかガッカリされる事が多い(私的には心外です!)ので、極力平静を装いますけどね。^^;

普通にそこらにいる霊は驚かそうと思って出てくるのはほとんどいません。まったくいないわけではないのですけど。たいていの場合は見えてしまった私が勝手にビビっているだけです。

お化け屋敷に本物の霊がいるって聞くよね、とか言われても分かりません。
見えている時なら区別つくのだろうと思われるでしょうが、次から次へと驚かされる仕掛けがあったらそれどころじゃないです。人の姿を完全に保っている霊だと見分けている暇も無いでしょう。^^;
よほど悪いのでもいれば涙が出てくるとかで分かるかも知れないですが、お化け屋敷が怖くて泣いていると勘違いされそうな気がします。(笑)


実はこの記事、友人への私信として書いていたのですが、長くなったし記事に出来るのではないかと。
なので、どなたがコメントされても結構です。(笑)

で、訳の分からんネタをふってこないように!>リアル友人へ

posted by 未熟な修行者 at 23:27 | Comment(9) | TrackBack(0) | 日記

真言や陀羅尼も唱えるだけでは

2017年07月24日

私の宗旨には真言や陀羅尼と言うものがあり、よく唱えます。

日本語や漢文でなく(中国から伝来当時は当て字の漢文です)、呪文っぽさが神秘的でウケるのか、悪霊が近づいた時には〇〇の真言がいいなどと言う話を目にする事もあるかと思います。

残念ながら、真言や陀羅尼も漠然と唱えるだけでは原則的にはただの言葉となってしまいます。

宗派やそれこそお寺やお坊様によっても考え方は違うと思いますので断言していいものかどうか分かりませんので、あくまでも私の考えではと言う事と御理解下さい。

真言や陀羅尼を唱える場合には「三密」が必要と言われております。
ざっくりした説明ですが、身体の働きである「身密」、口の働きである「口密」、心の働きである「意密」を併せて「三密」と言います。
「三密」については以前に説明するかもと言いながら放置したままでしたが、そもそも私は教えられるような立場ではございませんので細かい説明は出来ません、申し訳ないです。
興味のある方は真言宗のお寺に行って、お坊様に教えて頂いて下さい。^^;

この「三密」の中でも「意密」は真言を唱える時には特に大事だと思います。
仏様の姿を観じ、その仏様の功徳も観じることです。
何も考えない、もしくは別の事を考えるという「意密」がなっていない状態で真言や陀羅尼を唱えてもただの言葉であり、駄目だと言う事です。


本当に力があるのか分からない霊能者がお経や真言を唱えようが何しようが霊はその場にいて、嫌がったり反省したり怯えたりしている様子もないのを何度か目撃した事があります。そもそも霊のいる方向すら見ていなかったり、まったく見当違いな霊の話をする霊能者も多いので端から問題ありですが。^^;
そういった霊能者は仏様の姿も功徳も観じて唱えている訳ではないのでしょう。極端な場合には信仰心すらない単なる商売上のパフォーマンスであるのかと思います。


偉そうに言っておりますが「意密」はかなり難しいです。^^;
仏様とその功徳を観じながら唱えるというのは、非常に落ち着いている時か、切羽詰まって一心不乱な時くらいしか出来ません。
未熟者だからと言われればその通りですが、雑念が入ってしまう事が多々ありますので難しいのです。


そして何よりも真言や陀羅尼は正しい発音が難しいのです。私の宗旨では御師匠(師僧)様からの口伝が原則です。
普通にネット上で色々な真言を見る事は出来ますし、お寺に行けば真言が書かれてあったりもしますが、文字として見ただけでは正しく唱えるのはかなり難しいです。
厄介な事にお寺によって若干発音が違ったりする事があり、これはそう唱えた方が更に真言の功徳が強くなると言う事で代々伝えられてきていたりするのです。

お寺で仏像の横に掲げられている真言などであれば問題が起きるようなものはありませんが、真言や陀羅尼の中には間違えて唱えると災いを呼び込みかねないと言われるものもありますので、どこかで見て覚えた程度で唱えるのは出来れば避けた方がいいでしょう。
お坊さんでも間違えてしまうこともあるくらいで、そのためか間違えても正しく唱えた事にして頂くための陀羅尼まであります。^^;


本来は「三密」、そして正しく唱える事が必要です。
ただ、お寺で仏像の横に掲げられている真言などに限って言えば、信仰心が無かったとしても、発音が正しくなかったとしても、心の底から助けを求めれば状況によっては御加護が頂ける事も無いとは言い切れません。全ての人を救うと言うのが仏様ですから。

posted by 未熟な修行者 at 23:43 | Comment(11) | TrackBack(0) | 日記

お経は唱えるだけでは意味は無い

2017年07月22日

「怖い目にあったら般若心経を唱えるといいよ」
という事を言う方がいます。

一方で、これもよく言われますが
「仏教徒以外の霊でも、お経を唱えて効き目があるのか?」
です。(笑)

ぶっちゃけて言いますと、怖い目にあったからと言って般若心経を唱えても意味はありません。もちろん他のお経でも同じです。お経そのものは仏様の教えが書かれているだけのものだからです。
と言う訳で、仏教徒の霊であろうとなかろうと、お経をただ漠然と唱えたところで何の効果もありません。

しかし、効き目があることもあるようです。
例えば、本当に怖くて仏様にすがりたいという強い思いでお経などを唱えれば助けて頂ける事があります。
「仏様とその教えも信じます、助けて下さい」
と言うアピールですね、表現は非常に悪いですが。^^;
唱えている人に対して仏様がお力をお貸し下さったと言う事であり、お経そのものに効果があったということではありません。

あと、霊自身がお経と仏様にすがろうという気持ちがある場合にも効果がある事はあるようです。この場合は仏様が霊に対して直接お力を御貸し下さったということで、そういう意味では仏教徒であった霊、もしくは亡くなった以降でも仏様にすがろうと思った霊であれば、唱えられたお経を聞いた霊にも効くと言えるのかも知れません。

仏教徒以外の霊ならば、聞いた事もないお経や信じていたわけでもない仏様にすがろうという気持ちもまず無いでしょうから、何を訳の分からんことをブツブツ唱えているんだ、そう思うわけです。
仏教徒以外の生きている人だって信じてもいないお経を聞いたところでそう思うでしょう、それと同じです。
なので、漠然と唱えただけでは効果がありません。

「勤行で消えてくれると言ってただろう」
と思われるかも知れませんが、今の私は強い信仰心がありますし、最初から仏様の力にすがりたいと思っているものが、たまたま私の所に来ただけなのではないかと考えております。
単なる通りすがりなのかも知れないですし、仮にそういうものだったとしても出来ればお寺に行った方がいいとは思うのですけれど。(笑)


かなり昔、私がまだ信仰心を持っていない頃に般若心経がいいと人から聞いたことがあり、凄く嫌だなと思う霊を実際に見てしまった時に唱えてみた事があります。
まったく効果がないどころか、何の反応も示してくれませんでした。(笑)
意味も分からず漠然と唱えていただけですし、信仰心すらないのですから当然の事かも知れません。
そのおかげで暫くの間、信仰なんてしたって何の意味も無いと思い込んでいましたね。

信仰が無いとお経はただの言葉だと思った方がいいです。
強い信仰心があって唱える、更には可能な限り意味を理解する努力をするというのも仏様に力をお貸し頂くために必要な事だと思います。

ちなみに、このブログによく登場するY君はお経はひとつも覚えていませんし、唱える事もありません。(笑)
彼は割といい加減なところもありますが、私などよりも遥かに人間として正しく生きている人なので、あらためてお経などは必要とせずとも神仏に力を貸して頂けるのかも知れません。


あと、
「下手に唱えると、とり憑かれる」
なんて事も聞いた事があります。
極力関わらない方がいいという意味であれば間違いではないとは思いますが、唱えた事が原因でとり憑かれたという人は今まで見た事がありません。
唱えるだけならただの言葉です。もちろん悪意を持って唱えた場合には分かりませんが。


posted by 未熟な修行者 at 23:47 | Comment(11) | TrackBack(0) | 日記

今、何かいます(笑)

2017年07月20日

別にたいしたことではないと思うのですが・・・

今、私の部屋に何か来てます。
と言うか、多分ですが、ずっと背後に佇まれています。(笑)
後頭部と言うか首筋がずっと重いです。

先日の友人の気配とも違いますし、姿も見えないですし、まったく心当たりも無いですが。
たいていの場合は心当たりはないんですけどね。

それほど悪そうでもないですが、もしかして私の勤行を待っているのでしょうか。
たまに何かが来ても勤行を行なうと嘘のように消えてくれることが割とあります。
もし私程度の勤行程度で何らかの助けになるなら嬉しい事ですけれどね。

ここまで書いたら、気配と言うか雰囲気が少し変わりました。
やっぱり待ってるのでしょうかね。

この時間にするつもりはなかったのですが、寝る前にしておきましょうか。
posted by 未熟な修行者 at 23:37 | Comment(10) | TrackBack(0) | 日記

友人が来ていたのかも

2017年07月14日

先日、友人が亡くなりまして。
齢をとると言うのは段々と同年代の人が亡くなる確率も高くなってくるわけですものね。

知己の間柄の人が亡くなった場合、可能な限り葬儀には参列させて頂きますが、私は個人的に我が家の祭壇でも御供養を行ないます。
故人の宗派とは違うことも多いですが、御供養はまず気持ちが大切なのであまり気にする必要は無いでしょう。
と言う訳で自宅で御供養をさせて頂いていたのです。

朝起きて身支度をしてから祭壇にお水とお茶をお供えし、塗香で身を清めてお香を焚いてから、普段の勤行に友人の御供養も加えて行なうのです。

お水とお茶をお供えした後に私の身体の右側から妙な気配を感じました。
見える時期ではないので気配しか分かりませんが
「あれ?何か来てる気がするな」
と思いました。
決して嫌な感じでは無く、ほんの少し空気に圧迫感があるような、とにかく説明するのが難しいのですが、その空間がやたらと気になります。悪い霊が近づいていると涙が出たりするのですが、それもありません。
不気味なものであればビビってしましますが、勤行時に近づいてくるのもたまにはいますので、特に悪いものでなければそれほど気にはなりません。と言うか割とよくある事なので慣れました。(笑)

とりあえず祭壇の前に座って勤行を始めたのですが、その気配は私の背後を通り、左後ろに移動しました。
そして、勤行のすべてが終わってはいないのですが友人の御供養の部分が終わった途端、その気配は綺麗さっぱり消えました。
見える時期ではないので本当のところは分かりませんが、おそらく友人が来ていたのかも知れません。
いや、見えたら見えたで結構複雑な気分にはなるでしょうけれど。(笑)

私の所になど来ていないで(来るなと言うわけではないですが)、御家族や御親族の所に行って別れを惜しんだ方がいいのではないかと。勿論、私の所に来ていない時はそうしていたのかも知れませんけれど。^^;

実はこれ昨日まで4日続いてました。^^;
今日は来なかったので旅立ったのかなと思います。

posted by 未熟な修行者 at 23:37 | Comment(9) | TrackBack(0) | 日記

もうすぐお盆です 2017年

2017年07月10日

もうすぐ、お盆です。
御坊様方が汗だくになって走り回る時期でもあります。^^;

東京などの関東圏では7月13日〜16日(15日とする場合もある)がお盆です。
それ以外の地域では8月13日〜16日という所が多いです。
去年は書きませんでしたが、沖縄では9月3日〜9月5日(6日とする場合もある)と言う事もあります。

昨年の記事に色々書いたので、あらためて細かい話は書きません。(笑)

必ずしも大仰な事をしなければならないわけではありません。
少なくとも御先祖様方への感謝と御供養の気持ちを心に念じるだけでも良いのです。
ホンの些細な事でいいので良い事を一つだけでもしてみるのも御先祖様方と自身の功徳になりますので良いですね。

posted by 未熟な修行者 at 23:00 | Comment(6) | TrackBack(0) | 日記

病院の霊

2017年07月03日

今日は暑かったですね。
地下鉄のホームが蒸し風呂状態で気が遠くなりました。
皆様も熱中症にはお気をつけ下さい。


知人(前回の日記の人ではありません)が入院していてお見舞いに行ってまいりました。
何故か、来るならなるべく早く来て、と言われておりました。

お見舞いの催促って(笑)、と思っていたのですが納得しました。
30歳を過ぎた女性なのですが、自宅の浴室でも目を瞑ってシャンプーが出来ない程の怖がりなのです。
ベッドが4つある病室にはその女性の他に2人の患者がいたのですが、1人は今日退院して明後日にはもう1人も退院なのだそうです。
つまりは
「怖くて、こんな病室に1人でいられない」
ということだったのでした。(笑)

いやいや(笑)
多分、新たに入院してくる患者さんもいるでしょうから、1人だけになるという事は無いと思うんですが。
そう言いましたが
「だって、もし入院して来なかったらどうするのよ!」
と言われてしまいまして。^^;

「この病院は何かいない?大丈夫?」
とまで聞かれたのですが今はまったく見えない時期です。Y君ならばすぐに分かるのでしょうけども。
なので、少しでも安心できるならと思い、以前に経験した話をしました。


たいした話ではないので詳細は端折ってしまいますが、以前にY君と共通の知人である人のお見舞いに行った事があります。
その方はちょっと大きな病気で気弱になっていたのか、同様の事を聞かれたのです。
私はその時も見えてませんでしたので分かりませんが、Y君の答えは
「呆気ない程いないよ」
でした。
ベッド数の多い病院であれば亡くなられる方もそれなりにいると思いますし、病院にまつわる怖い話などを聞いた事がある方も多いと思いますが、病院には意外と霊はいないのだそうです。
Y君曰く
「入院してて亡くなった人が、苦しい思いしただけの病院にいつまでもいるわけないじゃん。亡くなってやっと楽になって自由になったんだからすぐ出ていくし〜。仮に他の患者に悪影響を及ぼすようなのがいたら噂になっちゃって病院がすぐ潰れるよ〜」
だそうです。確かに。(笑)

その話をしてあげたら少しは落ち着いたみたいですが。
緊急性のある病気ではないとは言え、仕事で都合がつかないと言って入院日程を大幅にずらして貰っておきながら今更何を言うか、という感じです。もしかして怖かったからグズグズと日程をずらしていたのだろうか。(笑)

一応、今は見えない時期だと言うのは言わずダメ押しで
「うん、何もいない、きれいなもんだよ」
とも言っておきました。嫌な感じも無かったから問題無いと思いますし。^^;


大きな病院の中で霊を見た事はありますが、別に何の影響も無さそうな漂っているだけと言う感じのが殆どでした。そもそも、その病院で亡くなった方なのかどうかも分かりませんが。
敢えて言うなら、入院病棟よりも外来の待合室の方が見かけること多い気がしますね。


Y君は、知り合いの看護師さんから霊を見たと相談された事もあるようです。
その話は機会があれば書くかも知れません。これも、たいした話じゃないですけど。

posted by 未熟な修行者 at 22:36 | Comment(10) | TrackBack(0) | 日記

怪しい気配

2017年06月28日

先日の事ですが、ちょっと色々とありました。

客先から帰宅すると、自宅近辺で何かあまり宜しくないと言いますか、重く淀んでゾッとするような気配を感じました。我が家だけではなく数軒の家の周りがそういう気配に包まれているようでした。何かが見えたりしたわけではないのですが非常に気味の悪い気配です。
ちなみに見える時期ではなかったと思います、多分。

「なんだ、これ」
と思いながら自宅に入ると、別にそのような気配は感じず普通です。
しかし、外に出てみると相変わらずの気配でした。

我が家には仏壇とは別に私がお祀りしている祭壇もありますし、そこで私が毎日勤行をしているので自宅の中は普通だったのでしょうかね。そう思っておくことにしましたけれど。
(勤行時にそばに寄って来るのも稀にいますが)

あまり良くはない気配なので、体調が悪い人だったら若干影響があるかもな、とは思いましたが特に私が何かしなければならない理由もありませんし、積極的に関わるとロクな事は無いので何もしません。
そもそも、そんな影響力のあるものはまずありませんし、放っておけば数日で元に戻るだろうとも思いましたし。


その日、妻が家の中で転んで顎を強打し、まるで私が殴ったかのような立派なアザが。(笑)
とは言っても大きなアザが出来ただけで骨にも他にも異常はありませんでした。
自宅の中は普通ですから外の気配とは関係ない、偶然だろうと特に気にせず。

次の日、中学時代からの友人のお母さんが転んで大腿骨と指の骨を骨折して入院。
更に次の日、その友人の妹さんが顔に大きな怪我をして移植手術の為に入院。
ただ、この友人宅は近所ではないのです。なので、これも関係無く偶然だと思います。

ただ、さすがに続いたので念の為と思い、昔教わった除災の修法を勤行時に追加してみました。
ですが残念なことにウロ覚えのため何か間違えたのか、私如きでは力不足なのか、外の気配にはまったく変化無し。(笑)

次の日、通りを挟んで向かい側の家の御年寄りが急激に体調を崩し入院。
高齢で持病もあるので不思議ではないのですが急に意識不明になって倒れたのだそうです。幸いな事に、早い処置のおかげで小康状態まで戻ったようですが。

そして、次の日には嘘のように気味の悪い気配は無くなって普通に戻っておりました。


この事をY君にちょっと話をしてみましたが
「本当にたま〜にあるね、一定の地域が良くない気配で包まれるっての。ま〜、たいして大きな影響力があるわけでもないし、何していいかも分かんないから自然におさまるのを待つしかないんだよね〜。同じようなのを感じた人が死神とか疫病神とか言い出したのかもね〜」
と言ってました。
いやいや、少なくとも今のところ誰も死んでませんて。^^;


私はたまに狂ったように徹底的な掃除を始めたりすることはありますが、普段は家事は一切しない奴なのです。出来ないわけではなく「しない」という最低の奴です。家事を積極的にできる男性を本気で尊敬するくらいです。^^;
しかし、妻がこんな顔じゃ外に出られないと嘆いた&旦那のDVによるアザだという根も葉もない噂が近所に流れたら困る、ので買い物には行きましたけどね。


実際のところ、何も見えてないですし、見えたとしてもここまでの影響力を及ぼすものなどまずいませんし、友人の母と妹はちょっと離れた所に住んでいる訳ですから、本当にたまたま偶然が続いたのだと思っております。^^;

posted by 未熟な修行者 at 22:00 | Comment(7) | TrackBack(0) | 日記