友人が来ていたのかも

2017年07月14日

先日、友人が亡くなりまして。
齢をとると言うのは段々と同年代の人が亡くなる確率も高くなってくるわけですものね。

知己の間柄の人が亡くなった場合、可能な限り葬儀には参列させて頂きますが、私は個人的に我が家の祭壇でも御供養を行ないます。
故人の宗派とは違うことも多いですが、御供養はまず気持ちが大切なのであまり気にする必要は無いでしょう。
と言う訳で自宅で御供養をさせて頂いていたのです。

朝起きて身支度をしてから祭壇にお水とお茶をお供えし、塗香で身を清めてお香を焚いてから、普段の勤行に友人の御供養も加えて行なうのです。

お水とお茶をお供えした後に私の身体の右側から妙な気配を感じました。
見える時期ではないので気配しか分かりませんが
「あれ?何か来てる気がするな」
と思いました。
決して嫌な感じでは無く、ほんの少し空気に圧迫感があるような、とにかく説明するのが難しいのですが、その空間がやたらと気になります。悪い霊が近づいていると涙が出たりするのですが、それもありません。
不気味なものであればビビってしましますが、勤行時に近づいてくるのもたまにはいますので、特に悪いものでなければそれほど気にはなりません。と言うか割とよくある事なので慣れました。(笑)

とりあえず祭壇の前に座って勤行を始めたのですが、その気配は私の背後を通り、左後ろに移動しました。
そして、勤行のすべてが終わってはいないのですが友人の御供養の部分が終わった途端、その気配は綺麗さっぱり消えました。
見える時期ではないので本当のところは分かりませんが、おそらく友人が来ていたのかも知れません。
いや、見えたら見えたで結構複雑な気分にはなるでしょうけれど。(笑)

私の所になど来ていないで(来るなと言うわけではないですが)、御家族や御親族の所に行って別れを惜しんだ方がいいのではないかと。勿論、私の所に来ていない時はそうしていたのかも知れませんけれど。^^;

実はこれ昨日まで4日続いてました。^^;
今日は来なかったので旅立ったのかなと思います。

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もうすぐお盆です 2017年

2017年07月10日

もうすぐ、お盆です。
御坊様方が汗だくになって走り回る時期でもあります。^^;

東京などの関東圏では7月13日〜16日(15日とする場合もある)がお盆です。
それ以外の地域では8月13日〜16日という所が多いです。
去年は書きませんでしたが、沖縄では9月3日〜9月5日(6日とする場合もある)と言う事もあります。

昨年の記事に色々書いたので、あらためて細かい話は書きません。(笑)

必ずしも大仰な事をしなければならないわけではありません。
少なくとも御先祖様方への感謝と御供養の気持ちを心に念じるだけでも良いのです。
ホンの些細な事でいいので良い事を一つだけでもしてみるのも御先祖様方と自身の功徳になりますので良いですね。

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病院の霊

2017年07月03日

今日は暑かったですね。
地下鉄のホームが蒸し風呂状態で気が遠くなりました。
皆様も熱中症にはお気をつけ下さい。


知人(前回の日記の人ではありません)が入院していてお見舞いに行ってまいりました。
何故か、来るならなるべく早く来て、と言われておりました。

お見舞いの催促って(笑)、と思っていたのですが納得しました。
30歳を過ぎた女性なのですが、自宅の浴室でも目を瞑ってシャンプーが出来ない程の怖がりなのです。
ベッドが4つある病室にはその女性の他に2人の患者がいたのですが、1人は今日退院して明後日にはもう1人も退院なのだそうです。
つまりは
「怖くて、こんな病室に1人でいられない」
ということだったのでした。(笑)

いやいや(笑)
多分、新たに入院してくる患者さんもいるでしょうから、1人だけになるという事は無いと思うんですが。
そう言いましたが
「だって、もし入院して来なかったらどうするのよ!」
と言われてしまいまして。^^;

「この病院は何かいない?大丈夫?」
とまで聞かれたのですが今はまったく見えない時期です。Y君ならばすぐに分かるのでしょうけども。
なので、少しでも安心できるならと思い、以前に経験した話をしました。


たいした話ではないので詳細は端折ってしまいますが、以前にY君と共通の知人である人のお見舞いに行った事があります。
その方はちょっと大きな病気で気弱になっていたのか、同様の事を聞かれたのです。
私はその時も見えてませんでしたので分かりませんが、Y君の答えは
「呆気ない程いないよ」
でした。
ベッド数の多い病院であれば亡くなられる方もそれなりにいると思いますし、病院にまつわる怖い話などを聞いた事がある方も多いと思いますが、病院には意外と霊はいないのだそうです。
Y君曰く
「入院してて亡くなった人が、苦しい思いしただけの病院にいつまでもいるわけないじゃん。亡くなってやっと楽になって自由になったんだからすぐ出ていくし〜。仮に他の患者に悪影響を及ぼすようなのがいたら噂になっちゃって病院がすぐ潰れるよ〜」
だそうです。確かに。(笑)

その話をしてあげたら少しは落ち着いたみたいですが。
緊急性のある病気ではないとは言え、仕事で都合がつかないと言って入院日程を大幅にずらして貰っておきながら今更何を言うか、という感じです。もしかして怖かったからグズグズと日程をずらしていたのだろうか。(笑)

一応、今は見えない時期だと言うのは言わずダメ押しで
「うん、何もいない、きれいなもんだよ」
とも言っておきました。嫌な感じも無かったから問題無いと思いますし。^^;


大きな病院の中で霊を見た事はありますが、別に何の影響も無さそうな漂っているだけと言う感じのが殆どでした。そもそも、その病院で亡くなった方なのかどうかも分かりませんが。
敢えて言うなら、入院病棟よりも外来の待合室の方が見かけること多い気がしますね。


Y君は、知り合いの看護師さんから霊を見たと相談された事もあるようです。
その話は機会があれば書くかも知れません。これも、たいした話じゃないですけど。

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怪しい気配

2017年06月28日

先日の事ですが、ちょっと色々とありました。

客先から帰宅すると、自宅近辺で何かあまり宜しくないと言いますか、重く淀んでゾッとするような気配を感じました。我が家だけではなく数軒の家の周りがそういう気配に包まれているようでした。何かが見えたりしたわけではないのですが非常に気味の悪い気配です。
ちなみに見える時期ではなかったと思います、多分。

「なんだ、これ」
と思いながら自宅に入ると、別にそのような気配は感じず普通です。
しかし、外に出てみると相変わらずの気配でした。

我が家には仏壇とは別に私がお祀りしている祭壇もありますし、そこで私が毎日勤行をしているので自宅の中は普通だったのでしょうかね。そう思っておくことにしましたけれど。
(勤行時にそばに寄って来るのも稀にいますが)

あまり良くはない気配なので、体調が悪い人だったら若干影響があるかもな、とは思いましたが特に私が何かしなければならない理由もありませんし、積極的に関わるとロクな事は無いので何もしません。
そもそも、そんな影響力のあるものはまずありませんし、放っておけば数日で元に戻るだろうとも思いましたし。


その日、妻が家の中で転んで顎を強打し、まるで私が殴ったかのような立派なアザが。(笑)
とは言っても大きなアザが出来ただけで骨にも他にも異常はありませんでした。
自宅の中は普通ですから外の気配とは関係ない、偶然だろうと特に気にせず。

次の日、中学時代からの友人のお母さんが転んで大腿骨と指の骨を骨折して入院。
更に次の日、その友人の妹さんが顔に大きな怪我をして移植手術の為に入院。
ただ、この友人宅は近所ではないのです。なので、これも関係無く偶然だと思います。

ただ、さすがに続いたので念の為と思い、昔教わった除災の修法を勤行時に追加してみました。
ですが残念なことにウロ覚えのため何か間違えたのか、私如きでは力不足なのか、外の気配にはまったく変化無し。(笑)

次の日、通りを挟んで向かい側の家の御年寄りが急激に体調を崩し入院。
高齢で持病もあるので不思議ではないのですが急に意識不明になって倒れたのだそうです。幸いな事に、早い処置のおかげで小康状態まで戻ったようですが。

そして、次の日には嘘のように気味の悪い気配は無くなって普通に戻っておりました。


この事をY君にちょっと話をしてみましたが
「本当にたま〜にあるね、一定の地域が良くない気配で包まれるっての。ま〜、たいして大きな影響力があるわけでもないし、何していいかも分かんないから自然におさまるのを待つしかないんだよね〜。同じようなのを感じた人が死神とか疫病神とか言い出したのかもね〜」
と言ってました。
いやいや、少なくとも今のところ誰も死んでませんて。^^;


私はたまに狂ったように徹底的な掃除を始めたりすることはありますが、普段は家事は一切しない奴なのです。出来ないわけではなく「しない」という最低の奴です。家事を積極的にできる男性を本気で尊敬するくらいです。^^;
しかし、妻がこんな顔じゃ外に出られないと嘆いた&旦那のDVによるアザだという根も葉もない噂が近所に流れたら困る、ので買い物には行きましたけどね。


実際のところ、何も見えてないですし、見えたとしてもここまでの影響力を及ぼすものなどまずいませんし、友人の母と妹はちょっと離れた所に住んでいる訳ですから、本当にたまたま偶然が続いたのだと思っております。^^;

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豊川稲荷東京別院

2017年06月20日

先日、仕事の合間ですが1時間弱の時間がありましたので参拝させて頂きました。

本山は愛知県豊川市にある豐川稲荷です。
稲荷と呼ばれますが神社ではなく、正式には豐川閣妙嚴寺という名前の曹洞宗の寺院です。
「豊川吒枳尼眞天(とよかわだきにしんてん)」を祀っております。

その別院で東京港区元赤坂にありますのが豊川稲荷東京別院です。
時代劇などで有名な江戸時代の大岡越前守忠相公が豊川稲荷から勧請し、篤く信仰していたのが起源だそうです。

国道246を挟んだ向かい側は良く仕事で通っているのですが、なかなか参拝には行けませんでした。

曹洞宗の寺院ではお釈迦様を御本尊としているところが多く、ちょっと言い方はあれですが密教臭さが無い寺院もかなり多いのです。
しかし、こちらは豊川吒枳尼眞天様が御本尊らしく、更には吒枳尼天様が仏教護法神になる前のダーキニーだった頃にこれを調伏して護法神にならさしめたと言われる大黒天様や、愛欲や執着などの煩悩を悟りに変えるとされる愛染明王様、弁舌や知識や音楽などの神とされる弁才天様、子宝を授かる御利益のある観音様が子宝観音様として、業の苦しみを代わりに引き受けて下さる地蔵菩薩様として身代り地蔵様もお祀りされています。
真言も書かれてあったりと密教臭も割と感じられます。^^;

曹洞宗という宗教法人としての御本尊様はお釈迦様ですが、元々別宗派だったものが改宗したり、廃寺になりそうな寺院に曹洞宗の僧侶が入って存続させたりと言った寺院も多いので、不思議ではないのですが。
ちなみに本山の豊川稲荷の御本尊は千手観音菩薩様のようです。

そういった雰囲気のせいでしょうか、私にとっては馴染み深いと言いますか、違和感が無いと言いますか、大変好きな感じの寺院です。

稲荷と呼ばれるせいでしょうか、御参拝の時に柏手を打っている方がチラホラいらっしゃいます。
境内にある鎮守社(寺の鎮守の為に建立された)の祠やお社の前では構わないですが、本殿はあくまでも寺院として仏教の吒枳尼眞天様をお祀りされていますので、静かに手を合わせるのが本来の姿です。
別に怒られる事はありませんが、正しい参拝をした方が良いでしょう。


他にも札幌、横須賀、大阪、福岡にも別院があります。

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夏越の祓

2017年06月17日

今回はうっかり忘れて過ぎてたと言うような事が無いよう気を付けておりました。(笑)

6月と12月の晦日(みそか)に行われる神社の行事で、6月30日に行われる大祓は夏越の祓(なごしのはらえ)と言います。
ざっくり言うと、1年の半分を過ごしたと言う事で穢れが溜まっているので、それを落とし浄めて残りの半年を迎えようと言うものです。

「人形(ひとがた)」については年越しの祓と同じなので、こちらを御参照ください。
ギリギリになると受け付けてくれない場合もありますので、お早目にどうぞ。

この時期になると神社の参道に「茅の輪(ちのわ)」が立てられていると思います。
小さな神社とか神職の方が居られないような所ではないかも知れません。
実は年越しの祓でも「茅の輪」を立てる神社もありますが、夏越の祓に比べると少ないです。

「茅の輪」の由来については、蘇民将来(そみんしょうらい)という方が一夜の宿を借りに来た神様をもてなした。そのもてなしに感謝した神様は「茅の輪を腰につければ災厄を免れる」と教え、スサノオと名乗って去っていったという話から来ているようです。

この「茅の輪」をくぐることで、病気や災いを免れるとされていますから参拝の折には是非くぐって下さい。
茅の輪くぐりには作法があります。

まず、正面に立ち一礼します。
輪の中を一度くぐります。この時左足で輪をまたぐようにして下さい。
そのまま左に回って正面に戻り、一礼します。
再びくぐりますが、この時は右足で輪をまたいで右方向に回って正面に戻り、一礼します。
再びくぐりますが左足でまたぎ、左方向に回って正面に戻り、一礼します。
そして最後に輪をくぐりますが左足でまたいで、今度はまっすぐ神前に進みます。
上から見ると∞のような形で回るのです。

文章だけですと非常に分かりにくいですが、茅の輪くぐりの作法が図と一緒に書かれてあることも多いので、それを参考にした方が良いかと思います。
なお、多くの場合は一般的に行われている上記の通りで構いませんが、神社によって多少違いがあったり独特な作法で行なう場合もありますので御注意下さい。

実際に立てられている茅の輪の「茅」を少し引き抜いて持ち帰って御守りにすると言う俗信があるようです。茅の輪は参拝者の穢れを吸い取っているとされておりますので、それを持ち帰る事は他の参拝者の穢れも一緒に持ち帰ってしまうということでしかなく、お守りにはなりませんから持ち帰ってはなりません。
由来に基づいて茅の輪を象ったお守りを授与している所もあり、当然ですがそちらは問題はありません。


夏越の祓をして、残り半年も気持ちよく過ごしましょう。

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前世が云々

2017年06月09日

このブログでは、個別な御相談へのお答えは極力御勘弁させて頂いておりますが、コメントに書いて頂いた内容が割とよくある話かも知れないので、記事にさせて頂こうと思いました。

-----ここから頂いたコメント---------------------------------------
ここ1年ほど、かなり悪い事が立て続けに起きてまして、自称見える友人からは、私の前世が300年以上前の商家の主人でお金に物を言わせてたくさんの悪い事をしていたので、その因縁だと言われました。

彼女は普通の会社員なのですが、何の前触れもなく突然そこに霊がいるとか言い出したりするので、霊や前世の存在を信じる信じないを別として、彼女自身がうさんくさいと思っている人も多くいます。
ただ、100%ではないですけど言い当てることもあるので信用して相談する人もいます。

私自身は特に信仰も持ってませんし、そう言う事に敏感でもないですが、言われてしまうと気になってしまって、色々検索してみてますが霊能者のサイトはあやしいですし、そうでないところも暴言や中傷のコメントがあったりで躊躇してました。

偶然こちらのブログも見つけて読ませて頂いたのです。
個別の御相談は受けてないようですが、何処かに相談した方がいいのでしょうか?
もし何か簡単なアドバイスでもありましたら教えて頂けますか?
-----ここまで頂いたコメント---------------------------------------

宗派によって違うかも知れませんが、仏教では輪廻転生はあると考えられておりますので、前世もその因果応報もあって、前世の因縁により今世の人生が左右されるとも言われております。

テレビなどのメディアでも霊能者や霊感のある芸能人の方など、人の前世が分かる、更には、何か悪い事があると前世の因縁がどうこうと言う方が非常に多くいます。
色々と言い当てる事もあると言うのは、コールド・リーディングという方法を使えば不可能ではないのでアテにはなりません。多くのインチキ霊能者も同様の事をしております。


まず、書いておこうと思うのですが、このブログの記事に何度か登場しているY君も、たまに見えている時の私も、私の知っている本当に見えていると信じられる人達も全員同じなのですが、よほど酷いのでない限りは
「そこに霊がいる」
などと言う事をその場にいる他者にわざわざ言うことなど絶対にしません。
仮にそこそこ酷いのがいたとしても、言葉にはせずにうまく誤魔化してその場を離れたり避けようとしたりするくらいです。
見えても、たいして影響が無いくらいのものであれば、何もいない、とまで言ってしまいますし。

キャラ付けしないとならない芸能人とかならまだしも、それなりの年齢で普通の職業に就いている人がわざわざその場で、そこに霊がいる、などと言うのは実は奇妙な行為なのです。
と言うのも、本当に見える人と言うのは、見えているものの事を喋ってしまったりして、他人から変わり者扱いや嘘つき呼ばわりされたりなど過去に嫌な思いを何度も味わっています。理解してくれる人もいますが大抵は変な目で見られます。
一、二度見た程度ならちょっとした話のネタにはなりますから話すでしょうが、一般人で何度も見えてしまう人は自分からわざわざ言う事などまずありませんし、変な人と思われたくないので見える事すらも隠したがる人の方が多いです。

私自身は、お金を取って霊能者の真似事をする訳ではありません(何も出来ませんけど)ので、嘘つきとまでは言われたりはしなくなりましたが、未だに一部の人からは変わり者扱いされています。
子供の頃は別としても、見えると言うのはおかしな事なんだと思うようになってからは家族にも一切言わなくなりました。付き合いが長い友人でも、霊が見える事があるなんて事を知らない人も大勢います。
実際のところはそんなものなんです。

このブログは実際に私を知っている知り合いも見に来てはおりますが、私が見える事があると知っている方ばかりなので気にする必要もありませんし、それ以外の方には私の身元は明かしておりません。
身元を明かして第三者に霊の話なんてしようものなら大半の人から変人扱いされるだけです。
既に知っている人以外は私の身元を知らない人だけなので、安心してと言うか躊躇わずに見えた霊の話も書くことが出来るわけです。(笑)


既に長くなってしまいましたが、前世のことについてを書きます。
残念ながら私は他人の前世どころか自分の前世も分かりませんので、インチキだとか断言する事は出来ません。

先に書きましたように仏教では前世があるとされていますので、仏教的観点から言わせて頂きます。
前世の因縁により今世が良くない人生だとしても前世を気にする必要など全くありません。それどころか前世の事を気にするというのは、仏教の教義では絶対にしてはならないとされている執着そのものでしかないのです。

そして、古い経典には
「自ら悪を為すならば自ら汚れ、自ら悪を為さないならば自ら浄まる。浄いも浄くないも各自のことがらであり、人は他人を浄めることは出来ない」
というお釈迦様の教えが書かれております。

たとえ本当に前世が分かる人から言われたのだとしても、人の前世の因縁は霊能者だろうと誰であろうと第三者には解消することは出来ず、自分自身で何とかするしかないのです。
霊能者に相談したところで解決は出来ないので相談するだけ無駄です。それよりも信仰を持っていなくても構わないので、悪い事がこれ以上続かないよう近所の神社やお寺にでも参拝して心からお願いした方が遥かにマシだと思います。

また、仏教的には余程悪い前世を送ったのであれば人間として生まれずに、地獄道や修羅道、鬼畜道、餓鬼道などに生まれて報いを受けているはずであり、それらよりも少し上の人間として生まれてきていると言う事はひと先ずある程度の償いは終えたか、もしくはそこまで悪い事をしたわけではないと言うことであるはずです。
前世やそれによる因縁など一部の仏教的な面を強調する割に、こういった六道への輪廻転生の話や、たとえ相手が悪人であろうと人を惑わしたり謗る事をしてはならないと言う教義はすっぽり抜け落ちているので不思議な事です。

仏教では人生は苦の世界であるとされていますので良くない事が続いたとしても不思議ではありませんし、かと言って苦しい事だけではなく楽しみもあるのだとされていますので、その内に良い事が続く事だって無いとは言えません。

具体的な前世の説明をされたからと言って、確かめようのない事をクヨクヨ気にしてネガティブな気分になっても良い事は起きません。
「ああ、そうなんだ。では、せめて今は少しでも正しく生きよう」
程度に思って、ポジティブな気持ちで自身に出来る程度の僅かな範囲で正しく生きるよう心がければいいと思います。

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負の感情

2017年06月02日

私の本業では、稀に人様の事情に少し介入する事があります。
かなり以前の話ですが、自殺されて間もない方のノートパソコンの中を調べている時に遺書を発見した事があります。もちろん勝手に調べた訳ではなくて、保存されているファイルを調べねばならない御依頼があった時に見つけたものです。

呪いのビデオだのの話を聞いたりする事がありますが、あの辺は基本的に故意に作られた物がほとんどです。
実際にはビデオやら、パソコンに保存されている物などから何らかを感じる事などまずありません。

しかし、そのノートパソコンを渡された時はとても強い負の感情を受け取りました。
なんと言えばいいのか、そのパソコンからはいわゆる霊的なもの自体ではなく、ちょっと質の悪い霊のまわりによく漂っている負の感情と同じような感覚だけが感じられるのです。霊がそのパソコンに憑いているのではなく、圧倒的な負の感情が纏わりついているという感じです。
急に視界が狭く暗くなった感じになり、そのパソコンに触るどころか近寄るのも嫌で嫌で、断りたいと思ったくらいでした。

実はこの時には自殺された方の物だと聞いていなかったのです。渡された後に
「実は持ち主は自殺してしまって・・・」
と聞いたのです。
実は見える時期に突入していた事もあり、本当はその話を聞いた時点で断りたかったのですが、良くして頂いているお客様を通しての御依頼でしたので断るに断れませんでした。

依頼された目的のファイルを探している最中に遺書のファイルを見つけてしまったのです。
遺書だと判断できるようなファイル名ではありませんでしたが
「このファイルの中身は見たくないな」
と思いました。
しかし、一応確認しなくてはなりません。
さすがに中身を全部読むわけにはいきませんが、何のファイルを確認するために開いて少し読みました。

詳しくは言えませんが、中身は周囲の人に対する恨み、妬み、嫉みのオンパレードでした。
もちろん凄まじい負の感情を感じます。途中までしか読んでいないのに、気持ちがどんどんダウン気味になってきます。私までが
「死んだ方が楽だよな」
という気持ちになってくるようなとても強い負の感情です。
これは宜しくないなと思ったので
「これは遺書のようですね」
と伝えてすぐに閉じました。

警察や保険会社や金融会社に証拠として見せなければならないので、万が一パソコンが起動できなくなった時を考え、念のためUSBメモリにコピーしておいて欲しいと言われました。
「こんな負の感情を増やしていいのか」
とも思いましたが仕方ありませんので、ファイルをコピーしました。
その後、何とか目的のファイルも見つけることができ、それらもコピーしました。

不思議な事にファイルをコピーしたUSBメモリからは負の感情はまったく感じません。
人によっては妙な影響を受けかねないのではと心配でしたので少し安心しました。

霊そのものではなく、負の感情と言いますか、負のエネルギーと言いますか、そういったものも人に大きく影響が及んでしまう事もあるのです。
たて続けに自殺者が出る場所とかなのに霊が全く見当たらないなんて事はざらにありますが、何らかのきっかけでそういった負の感情に触れてしまい、自殺まで引きずられるのかも知れません。

ちなみに、この後3日間ほど体調が悪いままでした。^^;

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霊に脚はあるか

2017年05月27日

直球なタイトル。(笑)

私が見える事があると知っている人から何回か聞かれた事があります。

結論から言うと
「基本的にはある」
です。

基本的には人間と同じ姿です。
ただ、ずっと同じ姿を保っている訳ではないので、ぼやーっと輪郭が薄くなったり、モヤのように人間の姿と思えなくなってるのもいます。そういう意味で脚が見えないのも腕が見えないのも頭が見えないのも、色々です。

でも、最初から脚だけ見えないってのもまったくいないわけではありません。頭や腕や脚が末端にいくにしたがってボンヤリとしてるのに、それ以外は割とはっきり見えることもあります。
霊の姿と言うのは霊自身がイメージしている自分の姿であって、霊自身が末端までイメージ出来ていないと脚や腕が見えないのかも知れないと思っています。

亡くなった時の姿で出てきているという可能性も考えられます。
ただ、交通事故などで血だらけになって亡くなった筈の方でも、傷一つない綺麗な姿で現れる事も多いです。
スプラッターなのもたまにいますけどね。脚や腕がちぎれてるなんてのも本当にごくたまにですが見る事はあります。
もしかすると自分の凄惨な遺体を見て、霊が自分の姿はこうなんだとイメージしてしまうせいなのかなと。


霊が見せようと思っている姿を見せられているだけなのかも知れません。
私ごときに真相など分かりませんが。(笑)


ただ、多くの場合は普通の人間の姿が多いです。
生きている人と違って違和感満載なので、霊だって分かる事が多いです。

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釈迦十大弟子D

2017年05月15日

お釈迦様の十大弟子の最後の二人のお話しを書きます。
なお、@〜Cでもそうですが、出家順とか悟った順とか関係なく書いていますので誤解無きようお願い致します。

実際には経典により微妙な違いがある場合もありますので、既知の情報と違ったとしても笑って流して下さい。(笑)

阿那律
アヌルッダやアニルッダと呼ばれます。
日本での呼び方は「あなりつ」が一般的かと思います。
釈迦族出身でお釈迦様の従弟と言われております。
お釈迦様が悟りを開いた後に帰郷した時、釈迦族の多くの青年達と近隣の釈迦族王家の諸王子達も出家しており、その中には羅睺羅や阿難陀もおります。彼らが出家することを聞き、その7日後に自身も出家致しました。
この方の有名な話があります。
ある日、お釈迦様が祇園精舎で説法をしている最中に彼は居眠りをし、怠惰であるとお釈迦様に叱られてしまいました。反省した彼は以後、不眠不休を誓って常坐不臥(座ったままで、横にならない)を実践し修行を続けました。その様子を見たお釈迦様は彼の身を案じて「怠惰も過剰な苦行も煩悩であるから眠るように」と諭しましたが彼は固辞し修行を続けました。その為か彼は失明してしまったのです。
しかし、その代わりに肉眼では見えないものを見通す「天眼」(智慧の眼)という力を得ることが出来ました。その為、「天眼第一」と言われております。
他の経典では、彼が僧衣を繕おうと針に糸を通そうとしますが、目が見えないため糸を通せずに苦労している事を聞きつけたお釈迦様が「私が功徳を積ませて頂きます」と言って彼を助けたという話があります。彼は驚き、師にそんな事をさせる訳にはいかないし、仏陀であるお釈迦様がこれ以上功徳を積む必要があるのかと遠慮しようとしましたが、お釈迦様は彼に仏陀になろうとも布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧という六つの実践(六波羅蜜)を積み続けることが必要と説かれたと言います。
なお、お釈迦様の最後の布教の旅にも同行していて、お釈迦様の入滅後には葬儀の用意をさせたと言う説があります。

優波離
ウパーリと呼ばれます。
日本での呼び方は「うぱり」または「うぱーり」が一般的かと思います。
インドのカーストでも下層のシュードラの出身で、元は理髪師であったと言われております。
シュードラとは職業の自由も無く、主に苦役を行なう階級であり、その当時の宗教であったバラモン教を学ぶ事も許されておりませんでした。
阿那律や阿難陀が出家する際に彼らに付き従っており、主人である阿那律が出家する際にすべての所有物を彼に与えようとしましたが、彼はそんな金品よりもお釈迦様の教えの方が偉大だと言って断った上で自身も出家を切望し、結果的に阿那律達よりも先に出家する事になりました。
お釈迦様は出家した者には身分も地位も無く、唯一あるのは出家した順番であり、先に出家した者が兄弟子であると言いました。つまり、出家前には主人であった阿那律達も、先に出家した彼を兄弟子として礼拝したのです。これを見たお釈迦様は「釈迦族の高慢な心をよくぞ打ち破った」と賛嘆しました。
当時のインドとしては異例中の異例でもあり、革命的でもある「本来は人間に階級などない」というお釈迦様の教えが明確に示された事例の一つとして有名です。
彼は律儀な性格の持ち主で、戒律に精通して厳格にそれを守ったため「持律第一」と言われております。
お釈迦様の教団における規律は彼によって設けられたものが多くあり、お釈迦様入滅後の最初の結集では阿難陀が主に経を誦出したのに対して、彼は主に戒律を誦出しております。

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釈迦十大弟子C

2017年05月08日

引き続き、お釈迦様の十大弟子のお話しを書きます。

実際には経典により微妙な違いがある場合もありますので、既知の情報と違ったとしても笑って流して下さい。(笑)

須菩提
スブーティと呼ばれます。
日本での呼び方は「しゅぼだい」もしくは「すぼだい」が一般的かと思います。
この方の出身にも複数の説がありますが、とても裕福な商家に生まれたそうで、一説によるとお釈迦様に「祇園精舎」を寄進した須達多(スダッタ)長者が彼の叔父であると言われております。
幼い頃から天才的な頭脳の持ち主だったそうで、僅か10歳頃には既に学ぶ事が無くなってしまったそうです。
その為、慢心して他人を見下し、粗暴な行ないをするようになってしまい、親からも見放され家を出ることになりました。
放浪の末に祇園精舎に辿り着き、お釈迦様の説法に深い感銘を受け弟子入りしました。
修行に励んで行ないをあらためた須菩提は、それまでが嘘のように諍いを起こす事がなくなり、とても温和な性格になりました。
これらの事から「無諍第一」と言われておりますし、温和な性格で人々から愛され尊敬されて多くの供養を受けたので「被供養第一」とも、「空」の教えをとてもよく理解していたと言う事で「解空第一」とも言われております。

羅睺羅
ラーフラと呼ばれます。
日本での呼び方は「らーふら」もしくは「らごら」が一般的かと思います。
お釈迦様の実子です。
王族の太子であったお釈迦様には実はもう二人の妃がいて、それぞれに子供がいて全員出家したと言う説もあるのですが本当かどうかは分かりませんし、悟りを開いたのは彼だけですので一子とされております。
実子である割には(実子だからとも言えますが)逸話も多い方です。
一番有名な逸話はラーフラという名前にまつわるもので、これは御存知の方も多いかと思います。
ラーフラとは「障碍」という意味であり、お釈迦様が出家するにあたって自分の子供を残していかねばならないと言う「障碍」が出来てしまったと嘆いて付けたのだと言う説があります。
個人的な意見ですが、おそらくこれは違うと思います。
当時のインドに於いては、ある程度の身分ある家では原則的に跡継ぎがいないと出家が難しかったようなので、跡継ぎが出来たという事は心置きなく出家できるようになりこそすれ、出家にあたっての「障碍」にはなりえません。
実際は釈迦族の紋章である「竜の頭」という意味を持つ方の「ラーフ」を使って「竜の頭を戴く一族を率いる者」という意味合いで「ラーフラ」としたのだと思います。事実、お釈迦様の父親である浄飯王がこの名付けを非常に喜んだという記録があります。
悪魔を意味する「ラーフ」という言葉もあり、後世にその連想で出家を妨げる「障碍」なのだという意味で「ラーフラ」と名付けた、というこじつけの説を作ったのだと思います。
羅睺羅が出家したのはお釈迦様が悟りを開いた後に帰郷した時で、その時に若くして出家しました。しかし、年が若かったので一人前の修行者である比丘ではなく、まずは沙弥(年少の見習い修行者)となりました。
その頃はお釈迦様の実子ということで特別扱いを受けて慢心があったようですが、20歳で比丘となってからは舎利弗について修行し、不言実行を以て密行を全うしました。
その為「密行第一」と呼ばれております。

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釈迦十大弟子B

2017年05月04日

引き続き、お釈迦様の十大弟子のお話しを書きます。

実際には経典により微妙な違いがある場合もありますので、既知の情報と違ったとしても笑って流して下さい。(笑)

富楼那
プルナ、フルナあるいはプンナとも呼ばれます。
富楼那というお弟子は複数人いたようですので、弥多羅尼という女性の子である富楼那という意味で、富楼那弥多羅尼子(ふるなみたらにし)と書かれる事も多いかと思います。
日本での呼び方は「ふるな」が一般的かと思います。
出身も複数の説がありますので割愛しますが、お釈迦様と同い年であると言われており、十大弟子の中では一番早く弟子となったとも言われております。
柔和であり、弁舌に優れ、どんな人にも解りやすい説法をすると言う事で「説法第一」とされております。
阿難陀からも慕われ、また敬われていたとの事です。
晩年に故郷に赴いての説法をお釈迦様に願い出た際には、迫害や殺される覚悟をして尚説法に赴くつもりである事を宣言し、お釈迦様はその覚悟を褒め認めました。
余談ですが、迫害などがあろうとも耐え忍んで説法に赴き教化すると言うのは、富楼那に限らず多くの弟子達が普通に行なっておりました。と言いますか、敢えてそういう所に赴いている弟子が多いです。


迦旃延
カッチャーナ、もしくはカッチャヤーナと呼ばれます。
日本での呼び方は「かせんねん」が一般的かと思います。
出身も複数の説がありますが、その一つは生まれたばかりのお釈迦様(ゴウタマ・シッダルタ太子)がいずれ仏陀となるであろうと予言をしたアシタ仙人の元弟子であり、非常に聡明ではありましたが難解な偈文(教え)の意味が解読できず、お釈迦様に教えを請うた事がきっかけで弟子になったと言われています。ただ、弟子になった時期ははっきりと分かってはいないようです。
一度聞いた教えは忘れず理解できたと言われるほど聡明だったそうで、前述の富楼那とは少し違って哲学的な議論を得意としていたので「論議第一」と言われております。
(言い争うような議論の事ではありません、念の為)
故郷の王様から、お釈迦様に直に説法を聞きたいという依頼を受けましたが、お釈迦様から特に許されて自身が帰郷して布教に努めました。また、周りの王族と彼らの治める地にいる人々にも教えを説いて回りました。
更にはお釈迦様が入滅された後にも一心に布教に努め、迦旃延の布教がインドに仏教が大きく広がった要因であるとも言われております。

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釈迦十大弟子A

2017年04月23日

引き続き、お釈迦様の十大弟子のお話しを書きます。

実際には経典により微妙な違いがある場合もありますので、既知の情報と違ったとしても笑って流して下さい。(笑)

摩訶迦葉
大迦葉とも迦葉とも書きます。
マハーカッサパとかマハーカーシャパなどと呼びますが、日本での呼び方は「まかかしょう」が一般的です。
元々、幼い頃からバラモンとして修業をしていた方です。出家しようと考えていましたが家系の絶える事を恐れた親に結婚をさせられました。ですが、相手も出家しようと考えていた女性で、12年後に別れて二人とも出家します。
ちょうど同じ頃に出家したばかりのお釈迦様に出会い、どちらかが真理を悟ったら師弟関係となろうと約束しました。その後、真理を悟ったお釈迦様の噂を聞いて弟子となりました。
仏弟子の行なうべき十二の頭陀行(生活規則)を厳格に守ったため「頭陀第一」と言われております。
舎利弗と目連が亡くなってからは仏教教団の後継者と目されておりました。
お釈迦様の入滅後に教えが誤って伝わるのを懸念して最初の結集、つまり弟子達が集まり、それぞれが記憶しているお釈迦様の教えを確認し合い経典として編纂する集まりを開催しました。そのおかげで現代に仏教が伝わっているという大きな功績を為したわけです。
色々と伝説の多い方で、お釈迦様の弟子で従兄弟でもある阿難陀が連れ歩いていた弟子が気儘に還俗してしまった事を叱りつけたと言う事もあったそうです。
また、お釈迦様が入滅された時には弟子500人と説法の旅に出ており、彼が急ぎ駆けつけてお釈迦様の足に礼拝するまで火葬の薪に火が点かなかったそうです。


阿難陀
阿難とも書きます。アーナンダ、アナンと呼びます。日本でも「あなん」と呼ぶ事が多いです。
この記事にありますように施餓鬼会の起源となった事や、お釈迦様の従者として25年間付き従っていたので最も多く説法を聞いておりますので「多聞第一」とされております。
また非常に美男子であったために女性からよくモテた(決して靡かなかったそうです)と言う事でも有名です。
お釈迦様の養母(実母はすぐ亡くなっています)の出家の希望を叶えるため、お釈迦様を説得し女性の出家を認めさせたという話も有名です。
十大弟子の中では一番若くて悟りを得るのも遅かった為、他の弟子から窘められることも多くあったそうです。
お釈迦様が入滅された時にも未だ悟りを得られておりませんでしたが、その後修行に邁進し悟りを開く事が出来たと言われております。
前述した結集には摩訶迦葉から悟りを得ていないから参加を認めないと言われ、一心不乱に瞑想修行をし結集の日の朝に悟りを開いたとか、悟りは得ていないが一番多く説法を聞いて記憶していたので参加を認めざるを得なかったなど複数の説がありますが、結集には参加できてお釈迦様の説法を口述しました。
多くのお経の冒頭に「如是我聞」という言葉が良く出てきますが、これは「私はこう聞いた」という意味でこの場合の私と言うのは、多くが阿難陀の事であるとされております。
なお、お釈迦様の十大弟子の中では最も長生きで、120歳まで生きたと言われております。

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釈迦十大弟子@

2017年04月18日

お釈迦様の誕生日の記事を書きました。
ネタは幾つかあるのですがなかなか記事が書き進まないので(と言ったら失礼ですが)、お釈迦様の十大弟子のお話しを何回かに分けて書こうかと思います。

実際には経典により微妙な違いがある場合もありますので、既知の情報と違ったとしても笑って流して下さい。(笑)

まずは
舎利弗
サーリプッタとかシャーリプトラと呼ばれますが、日本での呼び方は「しゃりほつ」が一般的です。
他に有名な呼ばれ方もあり、般若心経の中に「舎利子」と出てくるのは舎利弗の事です。
それ以外のお経にも度々名前が出てまいります。
サンジャヤという懐疑論を唱える師の弟子でしたが、後述する目連と共にサンジャヤ師の信徒250人を引き連れてお釈迦様に弟子入りしました。
弟子入りしてすぐに悟りを開くことが出来たのと、お釈迦様の説法を大変良く理解したので「智慧第一」と言われております。その為、お釈迦様からの信頼も非常に篤く、お釈迦様の代わりに説法もしたそうです。
ただ、残念ながらお釈迦様よりも先に病で亡くなってしまいます。


目連
目犍連とも書きます。
モッガラーナとかマハーマゥドガリヤーヤナと呼ばれます。日本では「もくれん」もしくは「もっけんれん」が一般的です。
舎利弗と一緒にお釈迦様に弟子入りしました。そして7日後には悟りを開いたそうです。
神通力(いわゆる超能力)が使えたそうで「神通第一」と言われております。
この記事に書きましたように「お盆」の起源となったことで有名です。(「仏説盂蘭盆経」自体は後代に中国で作成された偽経と言われておりますが)
仏教教団を良く思わないバラモンに三度襲われ、三度目で亡くなっております。
神通力があるのに殺されたと言うのはおかしくないかと言われますが、この理由は後にお釈迦様が述べていて経典に書かれております。長くなりますので興味のある方は御自身で調べて下さい。(笑)


上記のお二方はお釈迦様よりも早く亡くなっているのですが、これはお釈迦様の説法が正しい事を示すために先に成仏したのだと言われます。
お釈迦様は「命あるものは必ず滅する」と説いておりますが、それでも大事な高弟を二人も先に失ってしまい非常に悲しまれたのではないかと思います。

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4月8日はお釈迦様の誕生日

2017年04月05日

日本では、4月8日はお釈迦様の誕生日とされています。
多くのお寺さんで生誕を祝う仏教行事が行われます。(一部宗派を除きます)
釈尊降誕会(しゃくそんごうたんえ)、灌仏会(かんぶつえ)、仏生会(ぶっしょうえ)、花祭(はなまつり)、など呼び方は色々ありますが、いずれもお釈迦様の生誕を祝う行事です。

使われている暦自体が現在とは違いますので、本当に4月8日であるかは実は分かりません。
かの玄奘三蔵が「ヴィシャーカ月の後半8日、あるいは後半15日という説があった」と伝えており、このヴィシャーカ月が漢訳された時に4月と訳されたようです。(ただ、インドの暦では第二の月となっておりますので2月8日とする説もあります)
ともかく、日本に伝わる古いお経では4月8日と記されているので、日本では4月8日とされております。

実は生まれた年も、紀元前624年、紀元前566年、紀元前463年など(他にもある)の説があります。
日本では現在のところ一般的には紀元前463年が生誕年であるという説が有力とされております。

2500年ほど昔の事ですから実際のところは不明であり、残された様々な資料などからの推測になっているわけですが、それは致し方ないですね。


お釈迦様の生誕を祝って、花で飾った花御堂(はなみどう)に、右手で天を左手で地を指している誕生仏(お釈迦様の誕生時の像)をお祀りして、参拝者はその誕生仏像に甘茶をそそぐという行事として一般的に知られています。

花で飾った花御堂は、お釈迦様の生誕地となったルンビニーという花の多い地を表しています。
誕生仏は、生まれてすぐに7歩歩んで天と地を指して「天上天下唯我独尊」と言ったという有名なシーンを表したものです。
甘茶をそそぐのは、お釈迦様の誕生時に天から甘露の雨が降って、その身を清めたという言い伝えを表しています。


仏の教えを伝えてくださったお釈迦様の誕生を祝うとともに、その大きな恩恵に感謝するという日でもあります。
幸いな事に今年の4月8日は土曜日です。お時間があって興味がおありでしたら、降誕会が行なわれている御近所のお寺さんにでも足をのばしてみてはいかがでしょうか。


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