釈迦十大弟子D

2017年05月15日

お釈迦様の十大弟子の最後の二人のお話しを書きます。
なお、@〜Cでもそうですが、出家順とか悟った順とか関係なく書いていますので誤解無きようお願い致します。

実際には経典により微妙な違いがある場合もありますので、既知の情報と違ったとしても笑って流して下さい。(笑)

阿那律
アヌルッダやアニルッダと呼ばれます。
日本での呼び方は「あなりつ」が一般的かと思います。
釈迦族出身でお釈迦様の従弟と言われております。
お釈迦様が悟りを開いた後に帰郷した時、釈迦族の多くの青年達と近隣の釈迦族王家の諸王子達も出家しており、その中には羅睺羅や阿難陀もおります。彼らが出家することを聞き、その7日後に自身も出家致しました。
この方の有名な話があります。
ある日、お釈迦様が祇園精舎で説法をしている最中に彼は居眠りをし、怠惰であるとお釈迦様に叱られてしまいました。反省した彼は以後、不眠不休を誓って常坐不臥(座ったままで、横にならない)を実践し修行を続けました。その様子を見たお釈迦様は彼の身を案じて「怠惰も過剰な苦行も煩悩であるから眠るように」と諭しましたが彼は固辞し修行を続けました。その為か彼は失明してしまったのです。
しかし、その代わりに肉眼では見えないものを見通す「天眼」(智慧の眼)という力を得ることが出来ました。その為、「天眼第一」と言われております。
他の経典では、彼が僧衣を繕おうと針に糸を通そうとしますが、目が見えないため糸を通せずに苦労している事を聞きつけたお釈迦様が「私が功徳を積ませて頂きます」と言って彼を助けたという話があります。彼は驚き、師にそんな事をさせる訳にはいかないし、仏陀であるお釈迦様がこれ以上功徳を積む必要があるのかと遠慮しようとしましたが、お釈迦様は彼に仏陀になろうとも布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧という六つの実践(六波羅蜜)を積み続けることが必要と説かれたと言います。
なお、お釈迦様の最後の布教の旅にも同行していて、お釈迦様の入滅後には葬儀の用意をさせたと言う説があります。

優波離
ウパーリと呼ばれます。
日本での呼び方は「うぱり」または「うぱーり」が一般的かと思います。
インドのカーストでも下層のシュードラの出身で、元は理髪師であったと言われております。
シュードラとは職業の自由も無く、主に苦役を行なう階級であり、その当時の宗教であったバラモン教を学ぶ事も許されておりませんでした。
阿那律や阿難陀が出家する際に彼らに付き従っており、主人である阿那律が出家する際にすべての所有物を彼に与えようとしましたが、彼はそんな金品よりもお釈迦様の教えの方が偉大だと言って断った上で自身も出家を切望し、結果的に阿那律達よりも先に出家する事になりました。
お釈迦様は出家した者には身分も地位も無く、唯一あるのは出家した順番であり、先に出家した者が兄弟子であると言いました。つまり、出家前には主人であった阿那律達も、先に出家した彼を兄弟子として礼拝したのです。これを見たお釈迦様は「釈迦族の高慢な心をよくぞ打ち破った」と賛嘆しました。
当時のインドとしては異例中の異例でもあり、革命的でもある「本来は人間に階級などない」というお釈迦様の教えが明確に示された事例の一つとして有名です。
彼は律儀な性格の持ち主で、戒律に精通して厳格にそれを守ったため「持律第一」と言われております。
お釈迦様の教団における規律は彼によって設けられたものが多くあり、お釈迦様入滅後の最初の結集では阿難陀が主に経を誦出したのに対して、彼は主に戒律を誦出しております。

posted by 未熟な修行者 at 00:10 | Comment(7) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント

元は主人の立場だったのに敬うっての凄いですよね。
お釈迦さまも今後の事とか考えたのかなと思いますね。
Posted by りん at 2017年05月15日 17:57

あ〜、なるほどぉ、ウパーリの所で納得できたわぁ、女性の件もね。(*^^*)
今でもたまにカースト制度にかかわるニュースがあるもんね。
あれ?でも何でまだカースト制度残ってるのかしらね。
Posted by かづさ at 2017年05月15日 20:19

確かインドでは仏教が廃れてしまった為にカースト制度がその後も残るようになったんだよな。
一部の人間には都合が悪いだろうしwww
Posted by f at 2017年05月15日 23:28

こんにちは。
阿那律様がほとんど眠る事なく修行をして目が見えなくなったと言う話は存じております。
針に糸を通す話の方は、お釈迦さまと他のお弟子さんが代わりに縫ってあげたと言う話の方を聞いた事があります。

優波離様の出家順序の話も聞いた事があります。王族の者には階級など無いとはっきり示すとともに、優波離様も兄弟子として恥ずかしくないよう修行に励む気になれるのではないかと思います。
お釈迦さまの深い考えが現れている気がします。
Posted by うめ at 2017年05月16日 12:21

りんさん>
こんばんは。
もしかするとかなり難易度が高いことですよね。
仰る通りで、出家前の身分など関係ないと言う事を阿那律達に分からせるとともに、優波離が元主人達にぞんざいな扱いをされないようにと考えたかも知れませんね。


かづささん>
こんばんは。
何となくでも納得ができたら幸いです。^^;
一応はカーストの差別は禁止になっていますが、実態としては今も根強く残っています。
色々な説がありますがインドでは仏教は5世紀頃には衰退してしまっているのです。カーストが無いと都合の悪い人も多かったでしょうし。


fさん>
こんばんは。
仰る通りで衰退してしまったからですね。衰退の原因は複数の説が考えられるようですが。
現在のインドはヒンドゥー教信者が圧倒的多数で、カースト自体が教義の一部となっておりますので。


うめさん>
こんばんは。
そうですね、糸を通すだけではなく、お釈迦様と他のお弟子さんたちが縫ってあげたと言うお話もありますね。
仰る通りで、今後の弟子同士の関係性も含めたとても深い考えだと思います。

Posted by 未熟な修行者 at 2017年05月17日 23:18

え、ヒンドゥーってカーストが教義にあるのか?
Posted by f at 2017年05月19日 23:37

fさん>
こんばんは。
カーストも輪廻の考えです。
善い行ないをすれば次は上位カーストで良い人生に、悪い行ないをすれば次は下位カーストで苦難の人生になる。
つまり、前世の業による輪廻なので受け入れるべき、そして上位カーストになりたいなら善い行ないをすべきという事だと思います。
決して差別を推奨しているわけではないと思います。

Posted by 未熟な修行者 at 2017年05月23日 23:05

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