今日は酷かった

2016年08月27日

今日は仕事で幾つかの電車に乗って移動がありました。
忙しくて大変だというのに面倒な事に今日は見えてしまう日だったようです。

基本的には割とそこらに普通にいるんです。
ただ、その辺をウロウロしているだけの何の影響もないものは、ほぼ人の形すら留めていなくて、かなり薄っすらとしたモヤのようなものであることが多いです。消えてしまう直前のようなものだと思いますので、この程度なら私もいちいち怖がりませんし、ビックリする事もありません。
そもそも見た内にも入れません。

私の友人の超便利なY君(超を付けてみました)も同じだそうで
「いないよ」
と言う時には、あくまでも
「影響のあるような悪くて強いのはいないよ」
という意味で言っているのであり、何の影響もないのがそこらにいても別に普通の事なので敢えて数に入れないのです。


それはともかく今日見たものの話しです。

お昼少し前ですが、私の乗った地下鉄が某駅に着いた時です。
地下鉄が駅に完全に停車する直前、ホームの乗車位置に50〜60代くらいの女性と男性、40代くらいの女性、20代前半の女性がいて電車を待っているのが見えました。

20代前半の女性は、膝下くらいまでの長さの真っ白なワンピースを着ていて、白い手提げのバッグを左手に提げた、とても可愛らしい女性でした。
もちろん変な意味で見ていたのではないですよ(笑)
蛍光の白と言いますか、目に刺激があるのではと言うくらい物凄く真っ白なワンピースでしたので
<えらく真っ白な格好をしている子だな>
と思ったのです。

私はドア近くに立っていましたので邪魔にならないように少し脇に退きました。ドア脇の座席の前にです。座席には座っていらっしゃる方がいたので足を踏まないように視線を落として移動したのです。

駅のホームにある落下防止のホームドアが開き、ほんの僅かに遅れて電車のドアが開きましたが、不思議な事に開いたドアから乗車してきた人は3人だけで、白いワンピースを着た20代の女性は乗ってきません。
<あれ?>
と思ってホームを見ても女性はいません。

目を離している間に他のドアに移動して乗ったのだろうと思ったのですが、そこで妙な事に気づきました。
読んでいる方も気付いた方がいるかもしれませんね・・・分かりますか?


その駅にはホームドアがあります。
ホームドアで隠れて見えない筈なのでワンピースが膝下くらいまである事も、そもそもワンピースかどうかすらも分かる筈はありません。
白いバッグを左手に提げている事も同じで、本来なら見える筈がないのです。

不思議ではありましたが嫌な感じがするわけでもなく、特に何の影響もなかったので気にせずに乗り換えの駅まで乗っておりました。(笑)


そして午後4時頃なのですが、戻る移動の時には少し嫌なのを見ました。
これは地下鉄ではなく地上の電車なのですが、とある大きな駅のホームで見ました。
色々な路線が乗り入れている駅なので乗り換え客が非常に多い駅です。

私も乗り換えのために駅のホームで電車を待っていたのですが、私がいるホームの反対側の線路の上に黒いモヤが2つ動いていました。
人型はしておらず崩れた楕円形で、薄っすらしているのに割とはっきりした(分かりにくい説明ですね)黒いモヤなのです。何となく宜しくない感じがします。
<あ、まずい、見ない方がいいかも・・・>
と視線を外そうとすると反対側ホームの下から更に3つの黒いモヤが出てきました。
<うわっ、増えた・・・>
と思った瞬間、その黒いモヤ達がいる反対側ホームには電車が入ってきて見えなくなりました。

消えたかどうか分からないのですが、ちょうど私が乗る電車も来たので乗りました。

ただ、やはり少し影響は受けてしまったようで乗車中は体調が悪かった(頭痛と吐き気)ので、とある仏様を観想しながら真言を心の中で唱えておりました。そのおかげか目撃した駅から離れるにつれて回復しました。
まだ僅かに影響残ってますけど、放置しておけば消える感じです。

それほど酷いものではなさそうですが、精神的に不安定な人にはあまり良くない気はします。


何なんでしょうね、今日は結構見えてしまいました。
上に書いたものだけでなく他にも見たのですが、人の形をほぼ留めておらず消える寸前と思える薄っすらしたモヤのようなものでウロウロしているだけの何の影響もないものばかりです。

しかし、白いワンピースの女性は生きている人と思うくらいに普通にはっきりと見えました。
生きている人に見えたのによく見たら実は違ったと言う事はあるのですが、ここまで違和感なく人としか思わなかったというのはそれ程ありません。


駅のホームは人身事故とかあって、そういうのが割といるのではないかと思われるかも知れませんが意外な事にそれほどいません。今日見たのは特別と言ってもいいくらいです。
もしかしてラッシュ時の生身の人間のパワーには負けるんでしょうかね。(笑)

単純に数だけで言えば連絡通路とかの方がまだ多いと思います。
Y君曰く、都内の某オフィス街にある駅と駅を結ぶ、とある連絡通路には結構な数がいるそうです。
ただ通っているだけの何も影響がないものばかりだそうですが。
私は幸いなことにそこでは見た事がありません。見たくもないですが。


明日には見えなくなっていますように。

posted by 未熟な修行者 at 23:18 | Comment(12) | TrackBack(0) | 日記

では、お寺参拝時は目を瞑る?

2016年08月25日

前回、神社参拝時には目を瞑らずに合掌して御参拝すると書きました。
勿論あくまで私の方法ですので、そうではないと思う方は御自身の方法で御参拝して下さい。
更に言えば原則的には目を開けたままということですから、目を閉じて合掌というルールがあればそれに従って下さい。

それではお寺などの仏閣参拝時にはどうするのか、です。
実はお寺の場合は宗派などによっても違いますし、極端な話を言えば御本尊によっても違う場合もあり、こうすればいいとは言い切れませんので難しいです。
あくまで一例になってしまいます。

山門(お寺の門ですね)の前で一礼します。出来れば合掌して一礼が望ましいです。

神社と違って参道の真ん中を歩いてはいけないと言う決まりはまずありません。
ただ、非常に数少ないのですが一部のお寺では参道の真ん中を歩いてはいけないと言うルールがある所もありますので御注意下さい。そういう場合は注意書きが書かれてあります。
不安なようであれば敢えて真ん中は通らないようにすれば大丈夫です。

手水舎があれば浄めて下さい。これは神社と一緒です。

お寺によっては御線香や灯明(ローソク)を御供えできる場合があります。お気持ち程度の御浄財、もしくは10〜100円位だと思いますので可能であれば御供えしましょう。
もちろん必ずしも御供えしないといけないと言う事ではありません。
他の人が点けた灯明から火を貰わないようにと言われる事が多いのですが、実はこれ諸説あります。
種火としてライターやマッチが用意されている事も多いので、それで火を灯す方が無難です。

本堂の前に御浄財箱があれば御浄財(神社で言う御賽銭です)を入れます。
お寺によっては本堂の中に御浄財箱があることもあります。
どちらに入れても構いません。

本堂が閉じられていて本堂の前には御浄財箱も見当たらず、どこに御浄財をすればいいか分からない場合があります。本堂の扉前に無造作に置いていく方もいらっしゃいますが、それは出来る限り避けましょう。
境内に他の仏像があれば、その近くに御浄財を入れられる小さいポストのような御浄財箱が設置されている事もありますので、そちらに入れましょう。
(御浄財は本堂でなければならないわけではありませんので)

神社と同じで決して投げ入れてはいけません。静かに入れます。金額は幾らでも構いません。

本堂に入る事が可能な場合には、入る時に合掌し一礼します。
参拝者が座っていい場所は決まっており、僧侶しか上がってはいけない場所もあります。
たいてい一段上がっているか、何かで区切られていますので無闇に上がってはなりません。
正座して合掌し一礼します。

本堂に入れない場合には扉の前で一礼してから合掌しますが、その場合にも注意点があります。
本堂前が階段になっていて上がったところに御浄財箱があればそこまでは上がっても大丈夫です。但し柵などで塞がれていたら遠慮しましょう。また階段は土足厳禁である事も多いので御注意下さい。
もし、上がったところに御浄財箱が無い場合は勝手に上がらずに階段の下で合掌します。

合掌の際に、御本尊(以外の仏像でも同じですが)を見ることが出来るのであれば目は瞑らず、まず御姿を拝見して下さい。
その後は薄く目を開いた状態にします。仏像は薄く目を開いていることが多いですが(半眼と言います)そんな感じで同じくらいに目を開けた状態にします。

御本尊(以外の仏像でも)を見る事が出来ない場合は、最初から半眼の状態でもいいですし、御姿を知っているのならば目を閉じて心の中に思い浮かべてもいいです。

なお、お寺での合掌は胸の少し上辺りできちんと手を合わせます。指先は仏様には向けないようにします。
指を開いて交差した合掌をしている人もおりますが、普通に手をしっかりと合わせるだけで構いません。

密教系のお寺ですと仏様の真言を唱えるよう書いてあったり、他の宗派でも御題目などを唱えるよう書いてあることがあり、必ずしも唱えなくてはいけないと言う事はありませんし、唱える場合でも心の中で静かに唱えれば構いません。(声に出してもいいですが)

御願い事をしていいのか、は人によって意見が違うのですが、私は御願い事をしても構わないと思っています。
ただ不謹慎だと思われる方もいるので心の中で御願い事するのがいいです。
御願い事をする場合には住所氏名もきちんと告げるといいです。(場合によっては山門入った所から心の中で告げる)

最後に合掌のまま、軽く目を瞑って心の中に仏様の姿を思い浮かべながら深めの御辞儀をします。

山門を出てすぐに境内の方を向いて一礼するとなお良いです。


実際のところ仏教ではあまり作法に捉われなくても構わないのです。
特に一般参拝者にまでうるさく言うお寺はまずないです。
(そうではないお寺もあるにはありますが)

神社の場合には神様に対して畏れ多いという気持ちで礼を尽くして参拝するのですが、お寺の場合は失礼にならない程度に仏様に親しみを持って参拝するのが望ましいです。

私は一般参拝者とは言えませんので僧侶にも合掌して御辞儀しますが、そこまでしなくても構いません。


ああ、長くなった割には薄い記事になってしまった・・・

posted by 未熟な修行者 at 23:45 | Comment(8) | TrackBack(0) | 日記

神社参拝時に目を瞑る?

2016年08月21日

私が神社に参拝している姿を見た人から
「手を合わせている時、何で目を開けたままなの?
 合わせた手の向きも変わってるけどそれが正式なの?」
と言われました。

あれ?神社に参拝する時に目を瞑る人って結構多いのだろうか?

何か色々な説があるようですが、私の場合には

鳥居の前つまり神域に入る前に一礼します。
途中に手水舎があれば必ず寄って、きちんとした作法で浄めてから拝殿の前まで行きます。
拝殿の前まで行く時ですが、鳥居の下も参道もですが真ん中は通らず必ず端を通ります。
真ん中は神様の通る道ですので、そこを通るのは失礼に当たります。

拝殿の御賽銭箱の前に立ってお参りになると思いますが、御賽銭箱の正面真ん中には立たないようにしましょう。
よく見かけるのですが、せっかく失礼にならないように真ん中を通らずに御賽銭箱の前まで来たにもかかわらず、御賽銭箱の前に来た途端に真ん中に立ってしまう方がかなりおります。

軽く一礼します。
深いお辞儀でなくても構いませんが、きちんとお辞儀しましょう。もちろん深いお辞儀でも構いません。

そして御賽銭を入れるのですが絶対に投げ入れてはいけません。御賽銭を掌に載せ、掌を傾けて滑らすように入れて下さい。御賽銭は幾らでも構いません。
お札の場合には予めピン札を白い封筒に入れ、住所と名前を書いておくのが正しいです。

鈴を鳴らすのであれば軽く2回ほど縄を揺らして鳴らせば問題ありません。
ガラガラと派手な音を立てて何度も鳴らす方がいますが、あまり何度も鳴らすのは失礼にあたります。

二礼、これは割と深いお辞儀を2回。

次に二拍手、打ち鳴らす時に大きな音が出ないよう控えめな方もいますが、ある程度大きな音で鳴らすのが正式です。
両掌が当たる時の形の理想ですが、指先を前にして合掌した形から右手を少し(指の関節一つ分くらい)引きます。そして更に右手の人差し指と中指が左手の人差し指と親指の間になるようクロスした形にずらします。掌は少しふくらみを持たすよう丸くするといいです。
文章で書くと分かりにくいですが、その形なるように打ち鳴らせばそれなりの大きさの音が出ます。
打ち鳴らした時の手の位置は胸より若干下です。

次に先程の二拍手目でずれていた掌をぴったり合わせて合掌ですが、この時は指先は拝殿の方を向かせます。
つまり指先を真上に向けるように合掌するのではなく、神様のいらっしゃる方向に向けると言う事です。

祝詞を唱える場合にはここで唱えます。
(追記 2016.8.21 23:03 fさん、御指摘ありがとうございます)


合掌のまま御願い事をするのですが、この時に目は閉じずに指先と同じように神様のいらっしゃる方向を見ます。
拝殿の中には鏡がある筈ですので、その鏡に視線を向けるのです。拝殿の扉が閉じていて良く分からない場合は鏡があると思われる方向(たいてい目線よりやや上です)を向きます。

大事な事ですが、御願い事の前に必ず自分の名前と住所を言って下さい。(心の中で言ってもいいです)
参拝者が多い場合には拝殿前にいつまでもいると他の参拝者の迷惑になりますので、鳥居をくぐった辺り(神域に入った所)から心の中で名前と住所を言いながら歩き、拝殿前では御願い事だけ言えばいいです。

最後に一礼します。この時も深いお辞儀なのですが頭を下げた状態を2秒程維持します。

そうそう、帰る時も真ん中は歩いてはなりません。
更に鳥居をくぐって神域を出てから一礼すると尚良いです。


神社で目を閉じてお参りするのがいけないとまでは言いませんが、目を閉じるのは神仏習合で神様と仏様が一緒になってお祀りされていた時の名残ではないかと思われます。
posted by 未熟な修行者 at 00:54 | Comment(8) | TrackBack(0) | 日記

除霊の実験(その3)

2016年08月14日

除霊の実験(その2)の続きです。


いよいよ除霊のふりです。
Aさんには手を合わせて目を閉じてもらいます。
C君は私が教えた通りの印(実際にはない印)を組んで真言を唱えます。

助手的な役目をすると言いながら、私はAさんの背後で喫茶店で書いておいた真言のメモをC君に見せていたのでした。
実はその真言も非常に適当です。うろ覚えの色々な真言を組み合わせて適当な長さにして書いておいただけです。
C君も覚えきれなかったので本当の私の役目はメモを見せる役です。(笑)

C君は真言を唱えたまま、額に手を当てたり、気合を入れたり、粗塩を振りかけたり、指先で背中に何か書くフリをしたり、肩をバンバンと叩いたり、いわゆる霊能者っぽい仕草を一通りやって貰ったわけです。

途中であまりの馬鹿々々しさに可笑しくなってきて笑いがこみあげそうになったりして大変でした。
Y君なんて俯いて必死で笑いを押し殺していましたけどね。

あまり短く終わると怪しまれるので10分程度は続けていました。

一通り終わった後にAさんに目を開けてもらいました。
とても晴れやかな顔になっています。
気分を聞いてみると
「とてもスッキリしました。肩も重かったのが凄く軽くなりました」
と言います。

背筋を伸ばして座ってもらっていたのでスッキリしても当然ですし、肩に至っては割と遠慮なくバンバン叩いていたので血行が良くなり軽くなった気がするのも当然です。

そして最後にC君が
「今貼ってある、御札はすべて剥がしてください」
その後に続けて私が
「どこかの神社かお寺でお焚き上げして貰って下さい。その時に1枚だけ新しく御札を頂いてリビングに必ず南向きに貼って下さい。複数の御札があると力が干渉しあって弱くなるので必ず1枚だけにして下さいね・・・ですよね?」
とC君に顔を向けると、C君もそれらしく頷きます。


Aさんはすっかり安心し晴れやかな表情で何度も感謝の言葉を述べて、謝礼まで渡そうとしてきましたが、もちろん固辞しました。
C君の連絡先を執拗に聞いてきたのも何とか誤魔化して躱し、そそくさとAさん宅を後にしました。

その後、Aさんは何も起きなくなったと言って普通に暮らして、2年後に実家に戻ったそうです。
除霊の真似事でしかありませんから効き目などある筈もありません。

つまりは気持ちの問題であっただけですね。

そもそも霊にとり憑かれるなんて事はまず滅多にある事ではありません。
その多くが気のせいであったり神経が過敏になっているだけです。霊にとり憑かれていると思った人の9割方はそういったものだそうです。
残りの1割も特に大きな悪影響を及ぼす事もなく、若干敏感な方なら気分的にすぐれないなと思う程度、見えてしまう人にとっては場合によっては少し怖い思いをする程度で、2〜3日で自然にいなくなる場合が大半です。

ただ状況によってはそう簡単に済まない場合もあるにはあって、霊との何らかの因縁がある場合などは受ける悪影響も少々大きくなることはありますし、簡単には離れてくれない事もあります。

よく悪霊云々などと言われますが、そんなのはほとんどいません。
テレビに出るような霊能者が大袈裟に言い過ぎなだけで、そんな酷いのが実際にいたらもっと大きな騒ぎになります。
Y君が手こずった事もあるにはありますが、それでも彼の40年以上の人生で数回しかありません。

posted by 未熟な修行者 at 01:46 | Comment(10) | TrackBack(0) | 日記

除霊の実験(その2)

2016年08月12日

「除霊の実験(その1)」の続きです。

「霊能者っぽい仕草ってどんなんだよ」
とC君。
「まず、これね。さっき買ってきたんだよ〜」
とY君が渡したのは、よ〜く見ればプラスチック感が丸出しの数珠、それに粗塩です。

そして
「印を組んだり、何かの真言でも唱えればいいんじゃないかな〜、何か適当なの教えてあげてよ」
と私に振ってくるY君。

そこから超いい加減な内容ですが、霊能者を演じる練習です。
ちなみにこれ喫茶店の中でやってました。お客さんが少なかったので幸いですが、端から見たら怪しい事この上ないと思います。(笑)
1時間ほども練習していたでしょうか。
C君は想定したよりも物覚えが悪かったです。(笑)

そして3人でぞろぞろと向かったのは相談者であるAさんの自宅であるマンションでした。
打ち合わせ通り、Y君が私とC君を紹介しました。

Aさんがお茶を淹れにキッチンに立っている間に小声で
「どう?」
とY君。
「見えないし感じない。でも、御札の数凄いね」
と私も小声で返します。
部屋の中には異常とも言えるくらいに大量の御札がそこら中に貼ってあります。

あまりにも大量の御札を張っているのはあまり良くありません。
「色々な御札があると御札が喧嘩してしまう」とか、宗教的にも「大量の御札は良くない」と言われる事もありますが、そういう理由ではありません。
きちんと祈祷して本当の神仏の力が備わっている御札であれば複数持っていても良くないと言う事はまずありません。
(複数の御札の内の1枚だけにしか御利益が無くなると言う事はあり得ます)

神仏の御札と言うのは見守ってもらうものであり、人間はそこに神仏の目と言うか視線を無意識下で感じてしまうことがあります。神仏の目であると感じるのならまだしもですが、神仏と感じなかった場合には只の目であり只の視線でしかなく、その為に何となく不気味さを感じてしまう事もあります。

Y君はC君にも小声で
「最後にすべての御札剥がすように言って。その後の説明はお前が引き受けて」
私とC君は頷きました。

お茶を淹れてきたAさんを打ち合わせ通りに私がじっと見て
「何も憑いているようには見えないですね」
と発言。

それからY君が
「自分の師匠とも言えるほど力のある人なので何かわかるかも」
と言って、C君に見てもらうようにお願いします。

いよいよ、C君がそれっぽい動作で霊視するふりです。
これも打ち合わせ通りですが、それほど強くないが霊が憑いているとC君は説明。
Aさんは自分の話を信じてくれた事に安堵しているようでした。
と言うより満足気と言った方が近い気がしますね。

自分は霊にとり憑かれていると言い張る人に割と見られるのが、その主張をそのまま受け入れてくれる人の言葉でないと信じない事が多いのです。
失礼ながら、強迫観念が強いのか、不安障害なのか、統合失調症気味なのか、少し異常であるとも言えます。
怪しげな霊能者はそういう所もよく分かっていますから、こういう人は簡単に引っかかります。


長いので更に続きます。

posted by 未熟な修行者 at 22:04 | Comment(6) | TrackBack(0) | 日記

途中ですが別記事です

またまた僧侶の不祥事がありました。

続きのある記事を書いている途中に他の記事を挟むのは読みづらくなってしまうので避けたいところですが、不祥事を起こしたのは真言宗系の僧侶ではないかと思われます。(あくまで推測ですが)

別に気にしなくていいのかも知れませんが私の信仰も真言宗系です。
私自身は別の宗派だから記事にするわけではなく、例え私自身の信仰している宗派の僧侶であろうとも僧侶としてあってはならない事をすればとても尊敬する気にはなれませんし、記事にする事に躊躇いはありません。

そういった不祥事があれば「だからこの宗派はダメなんだ」とか殊更大きく言う方もいらっしゃいますが、私自身は過去に不祥事を起こした僧侶がいる他の宗派(まったく無い宗派はないと思いますけどね)も否定する気はありません。
どの宗派でも立派な僧侶がいらっしゃるのも事実ですし。
(もちろん、怪しげな新興宗教などは別ですが)

言い訳が多すぎですか?(笑)
実際のところ僧侶の不祥事も少なくはないので、その度にいちいち書くつもりはないのです。
今回は真言宗系の僧侶かも知れず、ブログとして公開の場である以上は同じ真言宗系だから依怙贔屓で記事にしないのでは、と思われる方もいらっしゃるかも知れませんので記事にしておこうと思いました。


どんな不祥事かと言いますと
別人を自動車学校に通わせて自分名義の免許証を取得させ、有印私文書偽造などの疑いで逮捕された中に59歳の僧侶がいたそうです。
先月、この僧侶は別の男との3人の合成写真で免許証の再交付を申請して発覚したらしいです。
「色覚障害があり自分では免許を取れなかった。住宅ローンを組むために身分証明書が必要だった」と供述しているそうです。
僧侶が主犯格らしく他の容疑者に話を持ち掛けていたそうです。

しかし、住宅ローンを組むのに免許が必要ですかね?
身分証明書なら公的なものが他にもあるので何か不自然な気もします。

年齢が59歳と言う事ですから僧侶として今まで多くの方に関わってきたはずです。その方々の信頼まで裏切る行為です。
いい歳してそんな事も分からない人が僧侶だなんて、と思って不信感が募る方の気持ちも分かります。

私が推測したお寺の僧侶なのであれば、とても残念ですね。
それなりに由緒ある立派なお寺ですのに。

posted by 未熟な修行者 at 21:58 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

除霊の実験(その1)

少し昔の話ですが、便利なY君とちょっとした実験めいた事をした事があります。
正確に言うと、お茶を濁そうとした結果、実験めいた事になっただけなのですが。(笑)

例によって知人経由での事なのですが、霊にとり憑かれているので何とかしてくれ、と執拗にY君に相談を持ち掛けてくる人がいました。

Y君は実際にその方(Aさん)に会って、何も憑いていない事をすぐに見抜き
「何も憑いていないと思いますけど・・・おそらく気のせいですよ」
と説明しているのです。

しかし、まったく納得しないようで
「あの時は霊が一時的に離れて家にいたからだ」
「今でも霊障が酷く悪い事が次々と起こるし、家の中でも不気味な事が起こる」
と言い張って聞きません。

そこで私と私達の共通の友人であるC君が呼ばれました。
C君は霊を見たことも感じたこともない単なる飲み仲間です。
別に私達に霊視をしてもらおうとかいう事ではなく、Aさんの執拗さが迷惑なので納得して貰うために一芝居打つのを手伝って欲しいと言う事です。
その報酬は「今度の飲みは奢るからさ〜」です。(笑)

「Aさんは強迫観念が酷いだけだと思うんだよね〜、何も憑いてないって言ったんだけどね〜」
とY君。
私に向かって
「余りにもしつこいから、一応お前にも見てもらおうと思ってね〜」

私などは見えない時の方が多いし、見えたとしてもビビるだけなので役に立たないのですが
「だって何もいないからいいんだよ〜、いないって言ってくれれば」
とY君。
そしてC君に向かって
「お前は俺の師匠とも言えるような人って説明するからね〜」
C君は目を丸くして
「え、なんで?」

Y君曰く、実は初めて会った時、Aさんに何も憑いていないのを見て、すぐにあっさり「何もいない」と言ってしまったのです。
世間で言われるような霊能者だと手で印を組んだり、何らかの呪文のようなものを唱えたり、つまりそれらしい動作を行なってシッカリと霊視するもの、と思っているようだと。

確かに私の場合、見える時は私の都合など御構い無しに勝手に見えてしまうだけで、私自身そんな怪しげな動作をしてから見た事なんてありません。
Y君に至っては見たい時は見えるように、彼の言うところの心の中で「蓋を開ける」だけですから特に何も意味ありげな動作などしません。
私もY君も同じ意見ですが、そんなこれ見よがしな動作をするのはパフォーマンスだとすら思っています。

要は、AさんはY君があまりにもあっさり「何もいない」と言ってしまったので、今さらY君があらためて儀式めいた事をして霊視してみたところで信じてはくれないだろうと。
つまりC君には如何にも霊能者らしく振舞って、霊視と除霊の真似事をしてもらおうということです。

「ええっ、どうすればいいんだよ、俺分からねえぞ」
とC君。
当然ですね、いきなりそんな事言われても、ですね。

「テレビに出てるような霊能者っぽい仕草をしてくれればいいんだよ〜」
とY君はお気楽に言います。

長くなりそうなので続きはまた今度。

posted by 未熟な修行者 at 09:02 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

席を譲る・譲らない以前のマナー

2016年08月09日

電車内でお年寄りや妊婦さんや体の具合の悪い方に席を譲った事ありますか?

席を譲るのは仏教的にも勿論良い事で、これも布施になります。
但し、仕方なく譲ったり、感謝して貰おうと思っている場合には布施になりません。
どちらかと言えば
「席を譲らせてくれて(布施をさせてくれて)ありがとう」
と逆に感謝するのが布施になるわけです。

例えば自分が座っていてお年寄りに気付き、声をかけたいが気恥ずかしかったり、お年寄り扱いしたら失礼かな、と思ってしまい声をかけられないという場合には黙って席を立てばいいのです。
仮にそのお年寄りが座れずに他の方が座ってしまったとしても巡り合わせでしかなく、布施をしたことには違いありませんので気にしなくても構いません。

また、席を譲りたくても体調が悪い時など致し方ない理由で譲れない場合もありますが、その場合には心底から申し訳無いと言う気持ちさえあれば例え譲らなくても(気持ちの)布施と見做されます。

仏教的にではなくとも当然のマナーのはずですが、最近は席を譲る気なんて更々無い人の方が多いですね。


先日、凄い親子を見かけました。
駅のホームで乗車位置から離れた所にいて、並んでもいない小学校低学年くらいの子供二人と母親だったのですが、電車のドアが開いた瞬間に70代くらいのお年寄りまでも押しのけるようにして子供が割り込み真っ先に乗りました。
子供二人は持っていたカバンを優先席の4人掛けの席に置いて母親の座る席まで確保し、後から悠々と乗り込んだ母親は子供がカバンをどかした席の一つに当然のように座り、残る一つの席は子供と母親がカバンを置いて荷物置き場と化してしまいました。

70代くらいのお年寄りは結局座れず、その親子のそばで立っています。

その様子を見ていた60代くらいの気の良さそうな男性がさすがに
「並びもせずにお年寄りを押しのけて優先席に座るのは駄目だぞ、それと荷物をどかしなさい」
と注意したのですが、母親がすかさず
「あ?なに?子供のした事に目くじら立ててんじゃないわよ、馬鹿じゃない?」
と逆切れです。

立ったままの70代くらいのお年寄りは困った顔をして
「ああ、私なら大丈夫ですから」
と言うと
「ほら、大丈夫って言ってるじゃん、関係ない奴が口出ししてくるなよ」
と睨み付けた後、スマホを取り出してもう見向きもしません。

注意した男性は呆れて言葉も出ない様子で、そのまま引き下がりました。
お年寄りは見かねた他の方が席を譲ってくれたので無事に座ることはできました。

私もちょっと見かねたので、傍によって他の乗客になるべく聞こえないよう小さな声で、母親にではなく子供に声を掛けました。
「お年寄りは足腰が弱っていたりするから、押しのけると簡単に転んで大怪我してしまう事があるよ」

母親が文句を言おうとしたのか一瞬顔をあげましたが、すぐにスマホに目を落として黙り込みました。

実は私の顔は結構な強面なのです。
若い頃から非常に目つきが悪く、堅気にはとても見えない、とよく言われておりました。(笑)
ギャップがあるのか笑顔なら人懐っこく見えないこともないようですが(自分でフォローしておきます)、笑顔でない時、特に真剣な顔をしている時には勧誘の人も一切近寄ってこないくらいです。


「お年寄りが大怪我したら、君達は子供だから大丈夫だけど最悪の場合お父さんお母さんが警察に捕まって責任を取らなければならないよ。お父さんやお母さんが捕まっちゃったら嫌だろ?」

子供達は私に少し怯えて頷きましたがいい薬です。
「ちゃんとあのお年寄りの方に謝りなさい。それと、また同じ事している所を見たら本気で怒るからね」

子供は小さな声で
「ごめんなさい」
とお年寄りに謝りました。

母親はスマホを見たままですが、まったく指を動かしていなかったので心中穏やかではなかったのだと思います。

母親の態度は正直なところ腹立たしいですし、子供も本当に反省しているかどうか不明ですが一応謝ったことですから、そのまま威圧感を与えたままは可哀想なので、親子連れから少し離れた所に移動しました。


親がきちんと責任を持って教育していないのだろうな、それも子供の為にきちんと躾けておくべきという考えすらないのだろうな、と思いました。
と言うか、この母親自身がもう一度最低限のマナーを勉強すべきですけれども。

私が子供の頃などは道理に外れた事をすれば父親から思い切り殴られたものです。(もちろん手加減しているでしょうが)
今ではすぐに体罰だの虐待だのと言われてしまうのかも知れませんが、私自身は子供の頃に父に殴られたのは一度も体罰とも虐待とも思いませんでした。私の為にしてくれた事だと感謝しています。

それはともかく、たまにはこうやって強面なのが役に立つ時もある、ということです。(笑)

posted by 未熟な修行者 at 00:44 | Comment(10) | TrackBack(0) | 日記

流れ弾くらいました

2016年08月06日

2か月ほど前の事ですが、怪しげなセミナーだかにハマってしまった息子(30代)を持つ60代くらいの女性から相談されました。
別に私に相談してきたのではなく、相談され困ってしまった知人からの流れ弾なのですが。

何故、いまだに
「親の体の具合が悪いだろう?」
とか
「何かとても深刻な悩みを抱えていますね?」
程度ですっかり騙されてしまうのでしょうね。
そもそもそんなセミナーなんて悩みがある人しか行かないのですし、30代の子供の親は50〜60代くらいですから、どこかしら体の具合が悪くても不思議じゃないです。
中には数日後の受講を予約させて当日までに色々と調べておき、細かく言い当てる(ふりをする)と言う悪質なところもありますが。

「幸せになってほしいんです」
とか言いながら数万〜数十万円のお金をむしり取るのを「おかしい」と思わないのかと。
そんな判断すらも出来なくなるのが洗脳なのでしょうけど。
自己啓発だのスピリチュアルなセミナーだので、毎回万単位のお金を取ったり何かを買わせるようなところはほぼインチキです。
特にネット上でやたらと宣伝しているところなんてのは怪しいどころの騒ぎではありません。

ブログで妙な記事ばかり書いている私が言えた義理ではありませんけれども。(笑)

たかだか(と言ったら大変失礼ですが)占いであっても、よく当たると言う噂があれば人が殺到して行列になりますよね。
まともであれば口コミで知れ渡ったり、自分発信ではないメディアにも取り上げられて大人気となり、一般人が気紛れで受講しようと思ってもそう簡単にはできなくなっているはずです。

念の為に言い訳させて頂きますが、本人がそういったセミナー等を受けることで幸せであり、家族を含めた周りの人に迷惑も心配もかけないのであれば別に構わないとは思います。

とは言え、端から見ていると大金を騙し取られている事が明確に分かったりして周りが心配するということですから、セミナー受講者も周りが何か心配していると思った時点で一旦冷静になって状況を見つめることが出来ると初期ならば洗脳が解けることもあります。
分かりやすい所で、自分の労働対価(時給など)と受講料を比較してみると冷静になりやすいです。


とりあえず、その女性のお話は聞きましたが、母親の説得すら聞こうとしない息子さんに対して私が出来る事なんてあるわけもなく
「洗脳だと思うのできちんとした心理カウンセラーに相談した方がいいです」
とだけ言っておきました。それしか言えないですけど。


後で聞いた話ですが、先祖の因縁やら悪霊云々まで言われていたらしく、便利なY君に至っては変なものがいないか見てくれと頼み込まれてしまい、その方の家にまで連れて行かれたらしく。
「案の定、何もいなかったわ!」
と言っておりました。(笑)


どうしてそんな怪しげな方に行ってしまうんでしょうね。
お寺さんで開催される法話会などに参加した方がお金もかからず余程いいと思うのですけど。
とは言え葬式仏教などと揶揄されて久しく、本来は迷っている人が気楽に相談できるところだったはずなのに、どうしても敷居を感じさせてしまうお坊さんやお寺さんが良くないのでしょうね。
もっと身近に感じてもらう努力が足りないのではないかと思わないでもないかも、です。

posted by 未熟な修行者 at 07:54 | Comment(6) | TrackBack(0) | 日記

忙しい(泣)

2016年08月01日

ちょっと仕事が忙しいです。
少し落ち着いては来ましたけれど。

ここ最近コメントへの御返事が遅れ気味だったりしているのはその為です。
それほど多くのコメントを頂いているというわけでもございませんが、疲れ切ってコメント返している元気がない時も多いのです。

コメント下さる方には申し訳ありませんが、返事が遅い時はダウンしていると思って下さい。


そして私が忙しいのを承知で、記事にまったく関係のないコメントをするリアル知人に言っておきます。
「忙しいと思うのでここに書いとくね」
って、管理画面で確認しなければならないのでこちらの方が手間かかるのだよ。
単なる連絡はメール等で寄越すように。(笑)


あれですね、あまりに忙しいと、つい気持ちが荒んできます。
いかん、いかん、と思って気持ちを静めるわけですけれど。
ほんとに未熟者だなと我ながら思ったりもします。(笑)

今こそ癒されたい時なのですが、お寺もしばらく行けておりません。
もう少し余裕が出来たら、ぜひ本堂に上がらせて頂いてお参りしたいと思っております。

今とっても本堂に入り浸っていたい気分です。(笑)
posted by 未熟な修行者 at 01:19 | Comment(12) | TrackBack(0) | 日記