御先祖様の供養

2016年03月27日

御自宅に御仏壇があるという方は多いと思います。

信仰されている宗派によっては「○○をしなさい」と言われ毎日欠かさず御供養している方もおります。

その一方で仏壇はあってもそれほど信仰心が無い方ですと、日々何をすればいいのか分からず毎日忙しい事もあり、お線香をあげて漠然と手を合わせて終わり、という方も多くおられます。

そういった方の場合、どうすればいいかをお教えします。
ただ、宗派によっても色々と違いますので御心配ならその宗派のお寺さんなどに聞かれる事をお奨めします。

毎日お仏飯(御飯)をお供えすべきかどうかですが毎日でなくても構いません。
できれば毎日朝にお供えする事が望ましいには違いありませんが、お供えしたものの忙しくてカチカチになったりカビが生えるまで放置するくらいであれば、時間的余裕のある休日の朝などに限定しても湯気の上がっている温かい御飯をお供えする方がマシです。

他に故人が好きだった食べ物をお供えしても良いでしょう。カビが生えたり腐ったりするまで放置しないようにして下さい。できれば袋に個別包装の物がいいです。
故人がお酒好きで仏壇にお酒をお供えというのは宗派によってはダメと言われます。
個人的には御供養の気持ちなので構わない気もします。

お茶やお水は宗派によっては不要と言われる事も多いのですが、御供養の気持ちからお供えするのですから、いいのか悪いのかを気にする必要はそれほどありません。

お花ですが生花を毎日と言うのはなかなか難しいので普段は造花をお供えしているお宅も多いです。
たまに生花をお供えでも問題はありません。
その場合、実は道路に生えている小さい花を小さな花瓶にさして供えても構わないのです。御仏壇の(拝む人から見て)左側にお供えします。
当たり前のことですが、他人が育てていたり他人の土地に生えている花を勝手に持ってきてはいけません。
なお、生花をお供えしている間は毎朝お水を変えて下さい。
お花は拝む人の方から良く見えるようにお供えします。

意外とロウソクに火をつけないという方が多いです。
お線香に火をつけるだけのものと勘違いされますが、灯明と言って立派にお供えの一つなのです。
御仏壇の(拝む人から見て)右側にお供えして、マッチやライターでロウソクに火をつけます。

香炉は御仏壇の中央に置きます。
お線香は長過ぎる場合には折って使っても構いません。(長すぎて倒れて火事になるよりマシ)
宗派によって本数や長さが決まっていたりしますが、御供養の気持ちさえあればそれほど気にされなくとも結構です。気になる方はお寺さんに聞きましょう。

必ず右手でお線香を持ち、灯明の炎を使って火をつけます。
お線香にあがった炎は息を吹きかけて消してはなりません。左手で仰ぐか、お線香自体を振って炎を消して、香炉に立てます。(宗派によっては立てずに寝かす)
ちなみに一般的な真言宗では香炉を上から見た時に「∵」になるように3本のお線香を立てます。

そして手を合わせます。そして感謝の気持ちを念じましょう。
「御先祖様がいたから今の自分がいる」と言う意識での感謝や、
「おかげさまで今日も新たな一日を迎えることが出来ました」という感謝もいいです。
小声でも構わないので言葉に出すと更に良いと思います。宗派毎の勤行を行ないたい方は行なって下さい。

なお、御仏壇に御願い事をするものではないと言いますが私は絶対にいけない事とは思いません。
ただ「お金が欲しい」とか願ったところで御先祖様は「よし、頑張って働け」としか思ってくれないでしょうが、見守っては頂けるのではないでしょうか。(笑)

仏壇のおりんは鳴らしても鳴らさなくても構いません。
真言宗では2回(1回目小さく、2回目は1回目より大きく)鳴らします。
浄土宗や浄土真宗ではお経をあげた時のみ鳴らすそうです。

そして忘れずにロウソクの炎(灯明)を消します。決して口で吹き消してはいけません。
手で仰いで風を送って消すか、市販の灯明消しで消してください。

お供えした仏飯は湯気が上がらなくなったら仏壇から下げて御家族の方が召し上がるのが本来の姿で、御先祖様は御家族の方が下げた御飯を召し上がってくれるのを喜ぶと言われています。
もし御家族が食べないのであれば他の動物の餌にすると良いです。飼っているペットにあげてもいいですし、場合によっては飛んでくる小鳥への餌としても良いです。実はこれも御供養の一つとなります。
カビが生えたり腐ったりしない限り(そこまで放置するのは良くないです)は、捨てるのは避けた方が良いです。

仏飯以外のお供えの食べ物も同時に下げて召し上がっても構いません。
個別包装で腐りにくい食べ物は数日お供えしたままでも構いませんが捨てる事にならないよう注意し、御家族が召し上がって下さい。

仏飯と同時にお茶も下げて結構ですが、お水は翌日の朝に変えて頂ければ結構です。


長文になりましたが、御先祖様を大切に思って御供養されている限りは御先祖様も子孫を大切に思って下さいます。烈火の如く怒って祟りを為すことはありません。
短時間であっても毎日欠かさず感謝の念を持って御供養することが大切なのです。


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とある御宅の仏壇で

2016年03月22日

二年程前に私の知人から
「知り合いの自宅で不気味な事が起きているので一緒に行ってくれないか」
と頼まれました。

断固拒否したのですが、ちょっと色々訳がありまして行かざるをえなくなりました。
もちろん
「何も分からない事が殆どで、見えるかどうかも分からないし、除霊とかまったくできないから!」
と釘を刺してです。
霊能者でもない、たまに見えちゃう事があるだけの私なんかが役に立つとは到底思えないのですけども。


御宅は普通の一軒家であり外から見る限り怪しげでもないです。
だいたい本当に何かある場所だと、近付きたくない、と思う事が多いのですが別にそんな事も無いです。

そのお宅にお住いの女性の方に御挨拶し、お宅にあがらせて頂きました。
事前に一人暮らしと聞いていましたので「もしかして」と思っていたのですが、御宅の中もきれいに片づけられております。
(散らかったお宅だと不気味な事が起きていることが多いので)

最初に不気味な事が起きたのは二階にある寝室だそうで、南向きに大きな窓がありとても明るい清潔感のあるお部屋で、とても不気味な事が起きるようには思えません。
寝ていると夜中に「フーッ、フーッ」という息遣いが聞こえて、たまに何かが顔に触れることもあるそうです。
目が覚めて明かりをつけ周りを見ても何もおらず息遣いも聞こえなくなるが、また眠りに入って暫くすると同じ事が起きる。気持ちが悪いので別の部屋で寝ても同じ事が起きるそう。

二階の他の部屋も特に何も感じず。
「何も見えないし感じませんね」
と言ったら明らかにがっかりされました。(笑)

もう少しお話を伺おうと一階の居間に移動しましたら立派な御仏壇がありました。
御両親をお祀りしている御仏壇とのことでしたので、御挨拶させて頂こうとしましたら御仏壇に覆い袋に入った小さな骨壺と猫の写真が置かれておりました。
当然、写真の猫のお骨だろうと思いましたが
「このお骨は?」
と聞いたところ、やはり先頃亡くなった飼い猫のお骨だそうです。
猫の餌まで供えてありました。

とりあえず仏壇に手を合わせて御挨拶させて頂き
「ん〜、何も感じないので分からないですが、多分猫ちゃんのお骨ここではダメですよ」

家族の一員と言う考え方からなのかも知れませんが、人間の仏壇に一緒にペットをお祀りするのは良くないので別の場所にお祀りすべきで、可能であればお骨をそのまま置いておくよりもきちんと埋葬された方が良いです。

という説明をして、とりあえず場所を作って写真とお骨とお供え(猫の餌)を移動しました。
そしてその女性にはあらためて仏壇に手を合わせて御両親にお詫びして貰い、移動させた猫の方にも手を合わせてお詫びして貰いました。

これで大丈夫かどうかはまったく自信はありませんでしたが、後で聞いたところ移動したその日の夜から不気味な事は起きなくなり、お骨も後日ペット霊園に無事に埋葬したそうです。

この件があったからですが、暫くは夜道で普通の野良猫を見ただけでビビる私がおりました。(笑)


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お坊さんのスクーター移動

2016年03月18日

お盆の時期などにお坊さんがスクーターに乗って移動しているのを見て
「ありがたみが感じられないんだよな〜」
と仏教自体が嫌いな方が言っておりました。

う〜ん、そんなこと言ってしまうのは・・・ちょっと可哀想かも・・・。
非常に暑い時期に何十軒も回らないといけないのに歩いて回ることなんて不可能です。
特に多くのお寺で檀家制度が崩壊しているに等しい現代では、檀家でなくとも法要を頼まれる事があり、同じ町内だけで全部回れることなどほぼ無いわけです。

公共交通機関を利用すればいいと言われる方もいますが、駅から少し歩かなければいけなかったりすると一日で回れる軒数は良くて十軒、場所が離れていれば5〜6軒がいいところでしょう。
かと言って、回る軒数が多く忙しいからと法要をあっさりと短くすれば文句は言われてしまうでしょうし。

公共交通機関を利用すると車内の方に嫌がられたりする事もあるのだそうですよ。

かと言って車で回れば、空いている駐車場を探し回らなければならないし、人によっては「車で乗りつけやがって」などと言われるらしいです。
回る場所にもよるのだそうですが、車だと道幅が狭かったりして入れない所もあってスクーター移動の方がより早く回れるそうです。
原付だと速度制限もありますので、ここ数年はビッグスクーター愛用のお坊さんも多いのだそうです。
しかし、最近はやたらと停めておくことは出来ないので大変だそうですよ。

移動中には灼熱の中でヘルメット&法衣&袈裟着用で汗だくになり、法要に伺ったお宅ではありがたいお気遣いで冷房ガンガン、法要が進むにつれて汗もすっかり冷たくなり、更にキンキンに冷えた飲み物を各宅で勧められ、あまり固辞するのも失礼なので少し頂いて、お腹も冷えるそう。
そして法要が終わって退出したらしたで再び灼熱の真っただ中を移動・・・これを数日にわたって何回も繰り返すのですから体調を崩すこともあるとのこと。

頑張って法要に回っていると思えばスクーター移動くらい別に構わないのではないかな〜と思います。

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自分で何とかする方法2

2016年03月14日

長くなってしまって前回書けなかった「家に何か入り込んできた」時に自分で何とかする方法を書きます。

ちなみに「何かいる家」に後から「あなたが引っ越してきた」場合にはこの方法では駄目な場合が多いです。
あくまで、連れて帰ってきてしまった、もしくは通りがかったのか居ついてしまった等の場合です。

今回も絶対にこれで解決するとは断言しません。

あまり気にせずビクビクもせずに「早く出ていけ〜」くらいの気持ちを持って、普通に生活していると2〜3日で勝手にいなくなる事も多いので、なんか気持ち悪いとか不気味とかのみで特に実害が無ければそれでもいいかも知れません。
とは言っても、そんなに気丈に日を過ごす事は無理かもしれないので以下御参考まで。

・定番の粗塩(精製塩は駄目)で盛り塩
・「私には何も出来ませんので出ていって下さい」と丁寧にお願いしてみる
・「出ていけっ!」とブチ切れる(相手によっては逆効果かも)


多くのケースで非常に効果が高いのは「掃除」のようです。
必要なものは昔からある「はたき」、なるべく未開封の粗塩(精製塩は駄目)、ゴミ袋(分別できるように何枚か)、「ほうき&チリトリ」もしくは「掃除機」、可能ならば「火をつけて焚くお香」です。

「はたき」は入手できない場合は自分で作ったもので構いません。棒の先に細かく裂いた布切れを付ければいいだけです。
静電気で吸着するハンディモップよりも自作の「はたき」の方が良いようです。
「ほうき&チリトリ」はあればベストですが、無ければ「掃除機」でも構いません。
「お香」はお線香でも構いませんがアロマ用のお香で十分ですが、必ず火をつけて焚くお香にして下さい。必ずしも必要ではないので無くても構いません。


掃除を行なうのは雨が降っていない日で、可能な限り朝、少なくとも日のある内に行ないます。
この際に自分の好きな明るい音楽を近所迷惑にならない程度の音量で流すといいです。一緒に鼻歌を歌いながらだと尚良いです。何故か罰当たりと言う人がいますが掃除に罰当たりも何もないので、なるべく明るい気持ちで行なう事が大事です。

一旦外(ベランダでも可)に出て光を体に浴びて下さい。太陽が出ていなくとも外の光を浴びれば問題ありません。
そのまま3回深呼吸します。吸う時は3〜5秒ほどかけてゆっくり鼻から吸ってお腹を膨らませます。1秒程軽く息を止めます。吐く時は3〜5秒ほどかけて薄く開けた口からゆっくり吐いてお腹をしぼませていきます。腹式呼吸ですね。

家の中に戻ります。まずは窓という窓をすべて開け放ちます。家の中に扉があれば同様に開け放ちます。クローゼットや押し入れ、トイレ、浴室のドアも可能な限り開け放って下さい。
玄関や勝手口なども開け放った方がいいですが、チェーンロックをかけるなどして少し開けておくだけでも構いません。あまりに不用心なようなら閉めておいてもいいです。
この後、一通り終わるまで閉めずにいます。

「はたき」をかけます。
各部屋毎に上から下へ埃を落とす感覚ではたいていきます。
天井や天井近くから床までの壁、家具の上、床に近い方みたいに段々と降りていきます。家具の隙間も可能であれば行ないます。押し入れやクローゼット、トイレや浴室なども同様です。
勿論しっかり行なってもいいですが、そんなに丁寧に行なわなくても問題ありません。イメージ的に言えば各所にまとわりついている淀んだ空気を動かすイメージで大雑把に軽くはたく程度で十分です。

次に不要な物があればゴミ袋に入れてまとめておきます。
空きペットボトル、空き缶、などは処分した方がいいです。

次に粗塩を家中に撒いて下さい。
多くの量を撒く必要はまったくありません。6畳間一部屋なら小さじ1杯程度の量で充分です。
指先で少しずつ摘まんで何回かに分けてまんべんなく散らばるよう、壁際や部屋の隅にも行き渡るように意識して撒くと良いです。クローゼットや押し入れの中にも指先一摘まみ程度を軽く撒きましょう。
気分的にいっぱい撒いた方が安心できるという人は多く撒いても構いませんが、たくさん粗塩を撒いても掃除が大変になるだけです、効果はさほど変わらないので少ない量で構いません。

次に撒いた粗塩を「ほうき&チリトリ」で集めてゴミ袋に捨てます。
もしくは掃除機で各部屋を吸い取った場合は最後に必ず溜まったゴミをゴミ袋に捨てます。入れっ放しは絶対に避けて下さい。
「はたき」のせいで埃も一緒に落ちていますので、この際それも一緒にきれいにしましょう。

その後、部屋にある家具や床は必要に応じ雑巾で水拭きや乾拭きしても構いません。
水拭きした場合は続けて乾拭きするか乾燥するまで待って下さい。濡れた状態のままは良くありません。

キッチンのシンクや洗面所はざっと汚れを流す感じで水を流して下さい。
トイレは一度水を流せばいいです。浴室に撒いた粗塩はきれいに水で流して下さい。

その後、これは必ずしも行なわなくていいですが、あればお香を焚きます。
皿などの上でお香に火をつけて、トイレや浴室、そして各部屋をまわると尚良いです。各所数秒でも構いません。
最後は普段いることの多い部屋、もしくは何かいると感じた部屋で消えるまで焚いていればいいです。
(火には十分注意の上で目を離さないよう御注意下さい)
お香が燃え残りがあったら完全に燃え尽きるよう再び火をつけて下さい。燃え尽き完全に灰になっていればシンクなどで水に流して下さい。

なお、ゴミ袋ですが早めに捨てて下さい。部屋の中に置きっ放しはダメです。
回収日などの問題で捨てられない場合はなるべく外(ベランダでも可)に置いた方がいいです。但し、放火等には注意して下さい。ゴミ袋の上に粗塩を少しふっておくとベストです。

再び家の外(ベランダでも可)に出て光を浴び、初めに行なった深呼吸を行なって下さい。

これで終わりですので開け放っていた窓や玄関を閉めて結構です。
よほどタチが悪いものでなければ、これだけでいなくなってくれます。


これでも駄目であれば、パワーがあると感じられる寺社へ午前中に行きます。
手水舎があれば両手と口を浄めた後、御本尊様や祭神様に手を合わせて心から助けを御願いします。可能であれば除厄消災(家内安全は意味が違う)などの祈願をして頂きます。
祈願までしない場合でも、消災や厄除けの御札は頂いてきましょう。
御札はなるべく北側の壁などの目線より高い位置に南向きになるようにお祀りします。
神棚があればそこにお祀りすればいいのですが、無い場合には壁に貼る(御札に傷をつける画鋲などは不可)か家具の上にお祀りしても構いません。お祀りした後には手を合わせて助けをお願いしましょう。
但し、御札をお祀りする場所は先にきれいにしておくことが大切です。(御札は濡らさないように注意)

それでいなくなったら御札に手を合わせてお礼します。
また、後日(なるべく早めに)午前中の内にお供え(御賽銭でも可)等を持参の上でお札を頂いた寺社に再訪し、手を合わせて丁寧にお礼をする事です。すると御縁が出来て再度同じような事があってもすぐに助けて頂ける可能性が高くなります。

なお、見た目がいくら立派でもお金儲けだけの寺社だと期待できないこともあります。

これでも駄目だと御自身だけではどうにもならないかもです。

posted by 未熟な修行者 at 07:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

自分で何とかする方法

2016年03月12日

「ついてきちゃった〜」とか「家に何か入り込んできたみたい」など、何とかしてくれないかと言われた事は何度かあります。

基本的に私には何もできません。それ以前に
「すぐに来て何とかして〜」
などと言われても本当に何かいたら私だって怖いですし、その何かが私に乗り換えてきたらもっと嫌です。
基本的に「危うきに近寄らず」です。

なので、だいたいは自分で何とかする方法を教えてます。
それで解決するとは断言できませんが。

外出中に何かついて(憑いて?)きてしまったと分かった場合
・定番の粗塩(精製塩は駄目)を自分に振りかけてみる
・「私には何も出来ませんので離れて下さい」と丁寧にお願いしてみる。
・「ついてくるなっ!」とブチ切れる(相手によっては逆効果かも)

真言を唱えるといいと言う話もありますね。
代表的なものですと、大日如来真言、不動明王真言、光明真言などがありますが全く効果が無いと言う人もいます。
間違えて唱えていたり、そもそも信じていない人が唱えても意味がないのかも知れません。三密(って何なのかを書いていませんが)が伴って初めて意味があるのかも知れません。なのでここでは書きません。


割と効果があるのは「尾行は撒け!」です。(本気で言ってます)
人間に尾行されている場合は本当に「撒く」わけですが、何等かの怪しいものの場合はひたすら移動し続ける事でいつの間にかいなくなる事もあります。特に繁華街がお勧めです。
買い物する必要はありませんが書店やスーパーやコンビニを何件も渡り歩くのもいいです。賑やかな居酒屋に暫くいるのも有効な時があります。

知人曰く
「男ならキャバクラで本気で楽しんじゃうのがかなり有効」
と申しておりました。
そんな状態でキャバクラに行く気になるのが凄いと思いましたが、一説によると男の性的欲求は凄い生命エネルギーなのだそうで負のエネルギーを払うとかなんとか。
その知人は
「呆れて離れていくんじゃない?」
と言っておりましたけれど。(笑)
ちなみに私は試した事ありません、ほんとに。


パワーがあると思える寺社に行くのもお勧めです。(お寺は夜は閉まっているところも多いです)
手水舎があれば両手と口を浄めただけでも、場合によってはその後に滴を体にふりかける事で離れてくれる事もあります。
ですが、きちんと御本尊様や祭神様に手を合わせて心から助けを御願いしましょう。無事に離れたら丁寧にお礼をして帰ります。
手水舎でのお浄めだけで離れた場合であっても御本尊様や祭神様に丁寧にお礼をして帰ります。
ここでお薦めしたいのは後日(なるべく早めに)午前中の内にお供え(御賽銭でも可です)等を持参の上で再訪し、手を合わせて丁寧にお礼をする事です。すると御縁が出来て再度同じような事があってもすぐに助けて頂ける可能性が高くなります。

なお、見た目がいくら立派でもお金儲けだけの寺社だと期待できないこともあります。


長くなってしまったので「家に入り込んだ」場合の方法はまた後日書きます。

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後払いでいい場合もある

2016年03月09日

今までまったく信仰していなかったとしても、これは神仏の助けのおかげではないだろうか思うような不思議な事が起きる事もありえます。

例えば、事業がうまく行かない時に通りがかった寺社で信仰は無いけれど「うまくいきますように」と御願いしたら急に運が開けてきたと言ったような場合。

そう言った場合には必ずその寺社にお礼に訪れて下さい。
何の気なしのお参りなのに御願いした事が叶った場合「御縁」を頂けたのだと思います。

神仏の考えは凡人には思いもよりませんので分かりませんが、信仰していなくとも助けて頂ける場合があります。
それは御先祖の功徳の賜物であったかもしれませんし、御自身が今後より良い人間になれるという見所があるから先に助けてあげようという事なのかも知れません。

今後は信仰なさる事をお薦めします。
改宗まではしなくてもよい場合が多いですがそこは御自身の判断です。
ただ、助けて頂いた事に感謝を持って今後はより正しく生きていくように心掛ける必要があります。

「信仰の後払い」みたいな感じではあります。


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信仰すればいいわけではない

2016年03月05日

「信仰すれば救われるのか」
「信仰してもいい事なんて無かった」
よく聞きます。

例えば高校生が「あの大学の受験に絶対に合格する」と念じるだけで遊び歩いていれば、まず合格しません。
「絶対に合格する」ことを信じる事は大切ではありますが、合格するためには一生懸命勉強をして合格するよう自分の実力を磨いていかなければならないですね。

「信仰」と言う言葉を勘違いされている方が多くおられます。
多くの宗教で同じだと思うのですが、ただ神仏を信じるのではなく信仰の教えに従って正しく生きる事を説いているのだと思います。
心から信じる事は勿論とても大切な事なのですが「このように正しく生きなさい」と教えているのが宗教なのですから、教えに説かれた「正しい生き方」に少しでも近づけるよう自分が変わっていく努力をするのです。

私の信仰する真言宗では毎日のお勤めに
例えば「懴悔文(さんげもん)」というものがあります。
簡単に言えば「過去から現在まで、貪り、怒り、愚かさの煩悩によって作ってきた多くの罪を懴悔します」ということなのですが、これは読んでいるだけでは意味はありません。
反省することは無いだろうか、と自問自答し、毎日を正しく生きていくと仏様に誓う事なのです。

例えば「十善戒(じゅうぜんかい)」というものがあります。
「不殺生」、「不偸盗」、「不邪淫」、「不妄語」、「不綺語」、「不悪口」、「不両舌」、「不慳貪」、「不瞋恚」、「不邪見」と十の戒めがあります。
字面で何となくわかるかとは思いますが、「不妄語」は偽りを言いません、「不瞋恚」は怒りに身を任せません、と言うような意味合いです。
もちろん、これもただ読むだけでは意味ありません。

私達はただの平凡な人間ですし、今の世の中では教えのすべてを完全に守ることは非常に難しい事です。時にはいいように誤魔化さねばならなかったり、ちょっとしたことに怒りがわいてしまうのも当然ですが、それを反省して無闇にそういった事を行なわないよう気を付けよう、あらためようという事なのです。

ただ信じているというのは所詮は口先だけのことであり、あの時に助けて貰えなかったから信じなくなるというのは元々たいした信仰心ではなかったという事です。
ほんの僅かな事であったとしても教えに従って正しく生きれるよう努力すれば神仏も見守って下さり、自身ではどうしようもない時には手助けして頂ける事があるかも知れないという事なのです。

「信じる者は救われる」という言葉がありますが、正しくは「信じて努力した者は救われる」ではないかと考えています。


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霊能者ではありません

2016年03月02日

私は普通に仕事もしている、在家の(それもかなり適当な)修行者です。

私が修行をしているという事を知った方から聞かれるのは
「幽霊が見えたり、霊視とか除霊とかできるの?」
です。本当にたびたび聞かれます。(笑)

実際の所、仏教では宗派によって「幽霊」を認めていたり、いなかったり色々です。
同じ宗派でもお寺さんによって違ったり、僧侶によって意見が違う事もありますね。

で、私の見解ですが
「実体としての幽霊か、怨念か、はたまた私の想像の産物かは分かりませんが見える事があります」

例えば、他の見える人と全く同じものを同時に見たり、私だけが見えないとか、私しか見えないなど状況も色々です。
他にも姿は見えなくとも、私か私以外のどちらか、もしくは両者が気持ち悪い場所だと感じたり、声や音が聞こえたりなどもあります。

ですが、同じ場所でも日によって見えたり見えなかったりなので何だかアテになりません。
見えた場所なのに次に行くと見えなくて「気のせいだったかな」と思う事もあります。
その後そこで一切見ない事もよくありますが、忘れた頃に再び見てしまいビックリする(と言うか、とてもビビる)事もあります。

ちなみに見えてしまってもその場ではまず言いません。
見えるからと言って「怖くない」わけではなく、見えたものによってはやはり怖いのです。
その場で見えている事が分かったらつきまとわれそうなので、見えても感じても聞こえても出来るかぎり気づいていないフリをします。無視が一番です。(たまに見えている事がばれてしまう事もありますが)

そして見ない(見たことがない)人にはなるべく言いません。怖がらせても申し訳ないですし、信じない人も普通に多く「変な人」認定されてしまう事もありますので。(笑)

ただ、私は見えてしまったり感じたりする時には(つまり幽霊と言われるようなものが近くにいると)涙が出てくるので、それを知ってる人には「何か見えたの?」とばれてしまいます。
流れるほど出るわけではなく涙目程度です。(それで向こうさんにもばれる事があるのだろうか)

と、ここまで書くと「結構見る人なんだ」と思われてしまうかも知れませんが、見えない時には半年以上まったく見ない事もありますし、見える時には連続して毎日見てしまう事もあります。
でも、平均すると3か月に1回見えるか見えないかくらいではないかと思います。


霊視ですが
「うわっ、なんかいる!!」
程度しか分からないのにできるわけがありません。
勝手にイメージが流れ込んできて何となく分かったとかはありますが、自分から他の人を霊視しようと思ってもできません。
特に人の守護霊だとか前世などを見る力などありませんし、そういうものは見た事が無いので本当に見えるものなのかどうかも私には分かりません。


除霊に関しては私自身の力では出来ません。
私自身についてこられちゃったのを何とか説得して帰ってもらった事はあります。今までの経験などでお帰り頂く初歩的な方法は知っています。
ちなみに若い頃には喧嘩腰で怒っていたら帰ってくれた事もあります。(笑)
もし除霊するとしたら、やはり神仏頼みになりますね。(普通の除霊も同じなのかも知れませんが)

何となく神々しいと言うか力があると感じられる寺社に逃げ込むだけで離れてくれる場合もありますし、修法を行なっていたらいなくなってたとかも多いです。

他の人から、ついてきちゃったとか、家に何か入り込んできたので何とかしてと言われることもたまにありますが、自分でするべき事を教えてそれを実行してもらうだけです。
護符を作って渡した事もありますが、きっと気休めにしかなってない(笑)

見た事が無い人や信じてない人から見れば、私はただの「変な人」で「霊能者」ではございません。
(そもそも霊能者の定義も分かりません)


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