不動明王

2017年10月23日

仏様方の御紹介の第二弾です。
私は真言宗系ですので、真言宗での仏様のお話であり、目一杯の独断と偏見に満ちております。(笑)
また、御紹介する仏様の順序には特に意図はございません。
なお、他宗派での教えに異論を挟むものではございませんので御理解下さい。

大日如来様を紹介しましたら、次は何と言っても不動明王様です。


日本での名前:「不動明王(ふどうみょうおう)」
梵名:「アチャラ・ナータ」

日本では特に信仰されている事の多い明王です。
明王とは簡単に言えば、仏敵を叱り飛ばしたり、時には力ずくでも言う事を聞かせる役目を持っている仏尊で、一般的に明王は忿怒つまり怒ったような恐ろしい顔形(例外あり)と姿をしています。
不動明王は、右手には宝剣、左手には羂索を持ち、背中側には迦楼羅炎の火焔光背を形作った像で現されます。
宝剣は悪行や煩悩を打ち砕くための諸刃の剣で、倶利伽羅竜王という炎を纏った竜が巻き付いた「倶利伽羅剣」で現される場合もあります。
羂索は敵意を持つ者や煩悩を縛り上げたり、衆生を仏の世界へ引き寄せたりするための縄です。

不動明王様は大日如来様の化身と言われているのですが、はい、ここから少しややこしくなります。(笑)
大日如来様の記事で「三身」という言葉が出てきましたが、密教では他にも「三輪身」と言うものがあります。
普通に教え諭しても言う事を聞かない強情で敵対的な相手に対しては「三輪身」の内、忿怒尊の姿の「教令輪身」で現れるとされています。
ざっくり言えば「教令輪身」とは命令してでも教えを説くための姿とでも覚えると良いかと思います。
つまり、大日如来様が優しく教え諭しても言う事を聞かず敵対する相手に対して、恐ろしい姿で現れたということです。
誤解して欲しくないのですが、大日如来様が衆生への慈愛に満ち溢れるが為、そのような姿を取ってでも教え諭そうという事なのです。

降三世明王(ごうざんぜみょうおう)、軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)、大威徳明王(だいいとくみょうおう)、金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)と併せた五大明王の一人でリーダー格とされております。
日本では単独で造像されて祀られる事も多いのですが、インドや中国ではそういった事はまずありえないことで他の明王と一緒に造像されていたようで、更に言えばインドや中国では密教が廃れてしまいましたので新たに造像される事も少ないです。
その為か、不動明王様が日本だけの独自の明王だと信じ込んでしまっている人までおりますが、それは間違いです。
現に日本とは少し違った密教が伝わっているチベット密教では、日本ほど不動明王像は多くなく絵図の方が多いのですが、非常に大切な仏尊の一人とされており今でも篤く信仰されています。
(絵図を見ると日本の像とはだいぶ趣が違いますが)

他に何を書けばいいんだと思うくらいに日本での人気は凄くて他に書く事も思い当たらなかったのですが、不動明王様が日本独自の明王と言うのと同じくらい、訳の分からない間違いをしている人もいます。

それは不動明王様がヒンドゥー教のシヴァ神であると言う説です。
いつの頃からなのか分かりませんし、以前はそういう記載のある本まであったくらいで、未だにそう思っている人もいるようですが、実はこの説の根拠はどこにもありません。
シヴァ神が密教に取り入れられているのは確かなのですが、不動明王様ではありません。
明王の一人である「降三世明王(気が向いたら記事にします)様」によって、シヴァ神とその妻であるパールヴァティーが調伏されました。降三世明王様の像はこの二人を踏みつけている姿で現されます。
心を入れ換えた二人は「大自在天」と「烏摩妃」として仏教の天部の護法神とされました。

実はチベットではシヴァ神によく似たマハーカーラ(大黒天様)が二人を調伏したとされております。
そのよく似た容姿のせいでマハーカーラもシヴァ神であるという説まで出ました。更に言えばマハーカーラも忿怒尊なので明王によく似ております。
マハーカーラが後に明王として発展していった可能性はあるようなのですが、シヴァ神がマハーカーラや不動明王様になったわけではありません。
少なくともチベット密教の現地では不動明王様がシヴァ神だと言う説はありませんし、そういった記載のある資料もありません。

これは勘ですが、インドやチベットや中国から伝わった絵図ではシヴァ神もマハーカーラも明王も非常によく似ていたのと、文献の文章にはそういった諸尊の色々な名前もどっさり出てきます。伝わってくる間に翻訳された時点で間違えたか、もしくは忿怒尊と言えば不動明王様くらいしか知らなかった人がそういった資料を見て勝手に勘違いし解釈したために起きて広まったという可能性が高いような気がします。


少しは私らしい記事になったでしょうか。^^;

posted by 未熟な修行者 at 00:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

大日如来

2017年10月17日

コメントを頂きましたように仏様方の御紹介をしていこうかと思います。
私は真言宗系ですので、真言宗での仏様のお話であり、目一杯の独断と偏見に満ちております。(笑)
また、御紹介する仏様の順序には特に意図はございません。

なお、他宗派での教えに異論を挟むものではございませんので御理解下さい。

さて、真言宗と言えば、まずは何をおいても大日如来様です。

日本での名前:「大日如来」
梵名:「マハー・ヴァイローチャナ」

真言宗に於いて、密教世界の中心であり、宇宙(空間だけでなく時間も含む)の真理そのものとされる如来。
「毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)」、「摩訶毘盧遮那仏(まかびるしゃなぶつ)」とも呼ばれる事がありますが、真言宗に於いては同じ如来を指すと考えても良い。(ただ、違う如来だとされる説もある)
梵名の「マハー」は「大(偉大な)」というような意味合いで、「ヴァイローチャナ」は「太陽のように遍く照らす」というような意味合い。
つまり、「マハー・ヴァイローチャナ」を当て字の漢字に直した名前が「摩訶毘盧遮那仏(まかびるしゃなぶつ)」と言う事です。
「太陽のように遍く照らす」という意味を重視して翻訳した名前が「大日如来」になるわけです。

大日如来は「法身仏」です。
「法身仏」とは聞き慣れないかも知れません。仏の姿には三身と言われる「法身仏」、「報身仏」、「応身仏」があります。

釈迦如来は人間の姿で生まれ、修行を行ない悟りを開いたのちに教えを広め、臨終を迎えた仏様です。仏が衆生を救済するために人(とは限りませんが)の姿で現れたとされます。このような仏様は「応身仏」と言います。人に教え諭すため人に応じた姿で現れた仏と考えるのが良いかと思います。

阿弥陀如来や薬師如来は、行を積んで悟りを開き、衆生を救うと誓願を立てた仏様です。つまり仏様の救済の意志そのものである仏様で、このような仏様は「報身仏」と言います。誓願に報いるため現れた仏と考えるのが良いかと思います。

それに対して悟りのそのもの、絶対的な真理そのものである仏様を「法身仏」と言います。
つまり本来は色も姿形も無いものです。法(真理)そのものの仏と考えるのが良いかと思います。
「応身仏」や「報身仏」として現われる仏様も行を積んで真理を悟りますので、それらの仏様を成立させる根本的な仏でもあります。

おかしな事に本来は姿形も無いはずの「法身仏」の大日如来の仏像があるのが不思議ですね。
これは他の如来と同じように人の姿で現しただけです。なので、どの如来も顔や体つきはそっくりです。
但し、大日如来は如来の中で唯一、豪華な冠をかぶって、ネックレスやブレスレットのようなアクセサリーを身に着けております。(菩薩は装身具を身に着けているものが多いです)
何故このような姿として仏像が表されたのかは、密教世界の王者と言う意味で豪華にされました。

また他の仏様はすべて大日如来の化身であるとも言われます。
どの仏様も真理を悟っているので、その真理そのものである「法身仏」の大日如来であるとも考えられるからです。


う〜ん、興味の無い方には別に面白くもない記事ですね。
でも、今後もネタに困ったら仏様を紹介していきます。^^;


posted by 未熟な修行者 at 22:45 | Comment(9) | TrackBack(0) | 日記

神無月ですね

2017年10月09日

何か丁度いいくらいのボリュームのネタがないかなと思っていましたが、そう言えば10月じゃないですか。

10月は「神無月」と呼ばれ、全国にいる神様が出雲大社に集まる月だと言われたりします。
出雲では神様が集まっているので「神在月」と言うようですね。
そのせいでしょうか、日本全国の神社にいらっしゃる神様が不在になってしまう神無月には出雲大社以外の神社には参拝しても意味がない、とまで思われる方もいるようです。

実際は旧暦の10月で考えるべきで、出雲大社で「神迎祭(かみむかえさい)」から始まる神事が行なわれるのは今の暦ですと11月終わり頃からなのですが、そこは気にしないで下さい。(笑)
今の暦での10月も神無月と言うのは一般的な事です。しつこいようですが気にしては駄目です。^^;

神無月の語源ですが実は詳細不明で、神様が出雲大社に集まって他の所では不在になるからというのは俗説です。
神無月が神が不在だからと言う意味ではなく、「無」と言う字は「の」という意味であると言う説が有力です。つまり「神の月」と言う事です。
全国の神様が出雲に集まるので出雲では「神在月」、その他の場所では不在なので「神無月」というのは出雲大社の御師(参拝や宿泊の世話をする下級神職)が広めたと言われております。


まず、「出雲大社(正式には「いずもおおやしろ」と読みます)」の御祭神は「大国主大神(おおくにぬしおおかみ)」です。
因幡の白兎のお話しで兎を助けた(その時は大穴牟遲神(おおなむちのかみ)という名前でした)事でも有名な神様です。
大国主大神様は国津神と呼ばれる神様の主宰神、いわゆるトップの神様です。
国津神と言うのは地上に現れた神様の事です。他に良く知られているのは素戔男尊(すさのおのみこと)、木花之佐久夜毘売(このはなさくやひめ)、稲荷神として知られる宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)などの神様がおられます。

一方、天津神と呼ばれる神様達もおります。
こちらは高天原にいる神々または高天原から天降った神々を指し、良く知られているのは伊邪那岐(いざなぎ)や伊邪那美(いざなみ)、天照大神(あまてらすおおみかみ)などの神様がおられます。

主旨から外れますが、素戔男尊は天照大神様の弟なので天津神のはずですが、姉である天照大神様から不興をかって高天原から追放されたため国津神と言われますが、解釈は資料によっても曖昧で素戔男尊自身は天津神で、その子孫が国津神であるとしているものもあります。


話を戻して、大国主大神様は「葦原中国(あしはらのなかつくに)」と呼ばれる国を作りました。
そして、なんやかんやあって天照大御神様へ国譲りしたのです。その際に住居として天津神に建ててもらったのが出雲大社と言われています。
(古事記や日本書紀を読めば、どういう経緯か分かります)
つまり、出雲大社というのは国津神のトップの御屋敷ということです。

国津神のトップの御屋敷ですので、集まるのは国津神だけであるという説があり、天津神は神無月になっても出雲大社には出向かないと言われておりますので、天津神を祭神としている神社であれば神様はいると言う事になります。
ちなみに、国津神の中でも諏訪大社に祭られている建御名方神(たけみなかたのかみ)は出雲に行かないそうです。それは国譲りの際に、天津神側の建御雷神(たけみかづちのかみ)との力比べに負けて信濃の諏訪に追いやられ、今後はこの地から一切出ないと約束したからです。

いやいや、そうではなく国津神だけでなく天津神も集まるんだよという説もあります。
そうなると本当に各地の神社の神様が不在になってしまう、それでは困るとなったためなのか、留守番をしてくれる神様がいるとされています。
それが七福神の一人、恵比須神(えびすしん)です。
他にも金毘羅神(こんぴらしん)、竈神(かまどしん)と言った神様も留守番をしてくれるとされている事もあります。

色々な説がありますが、とにかく神様がまったく不在と言う事にはならないとも言われます。


で、ここから私の個人的な感覚が前提の意見になります。
神無月だからと言って国津神を御祭神とする神社が神様不在になると言う事は無いようです。
参拝した時に感じる神様の神聖な感じに特に変わりはないからです。
以前にこの記事で書きましたように勧請されてきた神社の場合は、御祭神の部下に当たるような神様が派遣されてきているのか、もしくは眷属の方が来ているのかと思うのですが、そういった方々は出雲大社には出かけないのかも知れません。

仮に部下に当たる神様も出かけるとしても、神様のお遣いなどの眷属の方々は残っていらっしゃると思います。眷属の方は自身の仕える神様に報告したり、神様に変わって御利益を授けたりなどもします。
なので、神無月だから神社に参拝しても意味がないと言う事などありません。
安心して御参拝して頂いて大丈夫です。


修行者らしい話をと思っていましたが仏教の話ではないですし、結局そこそこ長くなると言う。(笑)

posted by 未熟な修行者 at 23:59 | Comment(12) | TrackBack(0) | 日記