では、お寺参拝時は目を瞑る?

2016年08月25日

前回、神社参拝時には目を瞑らずに合掌して御参拝すると書きました。
勿論あくまで私の方法ですので、そうではないと思う方は御自身の方法で御参拝して下さい。
更に言えば原則的には目を開けたままということですから、目を閉じて合掌というルールがあればそれに従って下さい。

それではお寺などの仏閣参拝時にはどうするのか、です。
実はお寺の場合は宗派などによっても違いますし、極端な話を言えば御本尊によっても違う場合もあり、こうすればいいとは言い切れませんので難しいです。
あくまで一例になってしまいます。

山門(お寺の門ですね)の前で一礼します。出来れば合掌して一礼が望ましいです。

神社と違って参道の真ん中を歩いてはいけないと言う決まりはまずありません。
ただ、非常に数少ないのですが一部のお寺では参道の真ん中を歩いてはいけないと言うルールがある所もありますので御注意下さい。そういう場合は注意書きが書かれてあります。
不安なようであれば敢えて真ん中は通らないようにすれば大丈夫です。

手水舎があれば浄めて下さい。これは神社と一緒です。

お寺によっては御線香や灯明(ローソク)を御供えできる場合があります。お気持ち程度の御浄財、もしくは10〜100円位だと思いますので可能であれば御供えしましょう。
もちろん必ずしも御供えしないといけないと言う事ではありません。
他の人が点けた灯明から火を貰わないようにと言われる事が多いのですが、実はこれ諸説あります。
種火としてライターやマッチが用意されている事も多いので、それで火を灯す方が無難です。

本堂の前に御浄財箱があれば御浄財(神社で言う御賽銭です)を入れます。
お寺によっては本堂の中に御浄財箱があることもあります。
どちらに入れても構いません。

本堂が閉じられていて本堂の前には御浄財箱も見当たらず、どこに御浄財をすればいいか分からない場合があります。本堂の扉前に無造作に置いていく方もいらっしゃいますが、それは出来る限り避けましょう。
境内に他の仏像があれば、その近くに御浄財を入れられる小さいポストのような御浄財箱が設置されている事もありますので、そちらに入れましょう。
(御浄財は本堂でなければならないわけではありませんので)

神社と同じで決して投げ入れてはいけません。静かに入れます。金額は幾らでも構いません。

本堂に入る事が可能な場合には、入る時に合掌し一礼します。
参拝者が座っていい場所は決まっており、僧侶しか上がってはいけない場所もあります。
たいてい一段上がっているか、何かで区切られていますので無闇に上がってはなりません。
正座して合掌し一礼します。

本堂に入れない場合には扉の前で一礼してから合掌しますが、その場合にも注意点があります。
本堂前が階段になっていて上がったところに御浄財箱があればそこまでは上がっても大丈夫です。但し柵などで塞がれていたら遠慮しましょう。また階段は土足厳禁である事も多いので御注意下さい。
もし、上がったところに御浄財箱が無い場合は勝手に上がらずに階段の下で合掌します。

合掌の際に、御本尊(以外の仏像でも同じですが)を見ることが出来るのであれば目は瞑らず、まず御姿を拝見して下さい。
その後は薄く目を開いた状態にします。仏像は薄く目を開いていることが多いですが(半眼と言います)そんな感じで同じくらいに目を開けた状態にします。

御本尊(以外の仏像でも)を見る事が出来ない場合は、最初から半眼の状態でもいいですし、御姿を知っているのならば目を閉じて心の中に思い浮かべてもいいです。

なお、お寺での合掌は胸の少し上辺りできちんと手を合わせます。指先は仏様には向けないようにします。
指を開いて交差した合掌をしている人もおりますが、普通に手をしっかりと合わせるだけで構いません。

密教系のお寺ですと仏様の真言を唱えるよう書いてあったり、他の宗派でも御題目などを唱えるよう書いてあることがあり、必ずしも唱えなくてはいけないと言う事はありませんし、唱える場合でも心の中で静かに唱えれば構いません。(声に出してもいいですが)

御願い事をしていいのか、は人によって意見が違うのですが、私は御願い事をしても構わないと思っています。
ただ不謹慎だと思われる方もいるので心の中で御願い事するのがいいです。
御願い事をする場合には住所氏名もきちんと告げるといいです。(場合によっては山門入った所から心の中で告げる)

最後に合掌のまま、軽く目を瞑って心の中に仏様の姿を思い浮かべながら深めの御辞儀をします。

山門を出てすぐに境内の方を向いて一礼するとなお良いです。


実際のところ仏教ではあまり作法に捉われなくても構わないのです。
特に一般参拝者にまでうるさく言うお寺はまずないです。
(そうではないお寺もあるにはありますが)

神社の場合には神様に対して畏れ多いという気持ちで礼を尽くして参拝するのですが、お寺の場合は失礼にならない程度に仏様に親しみを持って参拝するのが望ましいです。

私は一般参拝者とは言えませんので僧侶にも合掌して御辞儀しますが、そこまでしなくても構いません。


ああ、長くなった割には薄い記事になってしまった・・・

posted by 未熟な修行者 at 23:45 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

神社参拝時に目を瞑る?

2016年08月21日

私が神社に参拝している姿を見た人から
「手を合わせている時、何で目を開けたままなの?
 合わせた手の向きも変わってるけどそれが正式なの?」
と言われました。

あれ?神社に参拝する時に目を瞑る人って結構多いのだろうか?

何か色々な説があるようですが、私の場合には

鳥居の前つまり神域に入る前に一礼します。
途中に手水舎があれば必ず寄って、きちんとした作法で浄めてから拝殿の前まで行きます。
拝殿の前まで行く時ですが、鳥居の下も参道もですが真ん中は通らず必ず端を通ります。
真ん中は神様の通る道ですので、そこを通るのは失礼に当たります。

拝殿の御賽銭箱の前に立ってお参りになると思いますが、御賽銭箱の正面真ん中には立たないようにしましょう。
よく見かけるのですが、せっかく失礼にならないように真ん中を通らずに御賽銭箱の前まで来たにもかかわらず、御賽銭箱の前に来た途端に真ん中に立ってしまう方がかなりおります。

軽く一礼します。
深いお辞儀でなくても構いませんが、きちんとお辞儀しましょう。もちろん深いお辞儀でも構いません。

そして御賽銭を入れるのですが絶対に投げ入れてはいけません。御賽銭を掌に載せ、掌を傾けて滑らすように入れて下さい。御賽銭は幾らでも構いません。
お札の場合には予めピン札を白い封筒に入れ、住所と名前を書いておくのが正しいです。

鈴を鳴らすのであれば軽く2回ほど縄を揺らして鳴らせば問題ありません。
ガラガラと派手な音を立てて何度も鳴らす方がいますが、あまり何度も鳴らすのは失礼にあたります。

二礼、これは割と深いお辞儀を2回。

次に二拍手、打ち鳴らす時に大きな音が出ないよう控えめな方もいますが、ある程度大きな音で鳴らすのが正式です。
両掌が当たる時の形の理想ですが、指先を前にして合掌した形から右手を少し(指の関節一つ分くらい)引きます。そして更に右手の人差し指と中指が左手の人差し指と親指の間になるようクロスした形にずらします。掌は少しふくらみを持たすよう丸くするといいです。
文章で書くと分かりにくいですが、その形なるように打ち鳴らせばそれなりの大きさの音が出ます。
打ち鳴らした時の手の位置は胸より若干下です。

次に先程の二拍手目でずれていた掌をぴったり合わせて合掌ですが、この時は指先は拝殿の方を向かせます。
つまり指先を真上に向けるように合掌するのではなく、神様のいらっしゃる方向に向けると言う事です。

祝詞を唱える場合にはここで唱えます。
(追記 2016.8.21 23:03 fさん、御指摘ありがとうございます)


合掌のまま御願い事をするのですが、この時に目は閉じずに指先と同じように神様のいらっしゃる方向を見ます。
拝殿の中には鏡がある筈ですので、その鏡に視線を向けるのです。拝殿の扉が閉じていて良く分からない場合は鏡があると思われる方向(たいてい目線よりやや上です)を向きます。

大事な事ですが、御願い事の前に必ず自分の名前と住所を言って下さい。(心の中で言ってもいいです)
参拝者が多い場合には拝殿前にいつまでもいると他の参拝者の迷惑になりますので、鳥居をくぐった辺り(神域に入った所)から心の中で名前と住所を言いながら歩き、拝殿前では御願い事だけ言えばいいです。

最後に一礼します。この時も深いお辞儀なのですが頭を下げた状態を2秒程維持します。

そうそう、帰る時も真ん中は歩いてはなりません。
更に鳥居をくぐって神域を出てから一礼すると尚良いです。


神社で目を閉じてお参りするのがいけないとまでは言いませんが、目を閉じるのは神仏習合で神様と仏様が一緒になってお祀りされていた時の名残ではないかと思われます。
posted by 未熟な修行者 at 00:54 | Comment(8) | TrackBack(0) | 日記

除霊の実験(その3)

2016年08月14日

除霊の実験(その2)の続きです。


いよいよ除霊のふりです。
Aさんには手を合わせて目を閉じてもらいます。
C君は私が教えた通りの印(実際にはない印)を組んで真言を唱えます。

助手的な役目をすると言いながら、私はAさんの背後で喫茶店で書いておいた真言のメモをC君に見せていたのでした。
実はその真言も非常に適当です。うろ覚えの色々な真言を組み合わせて適当な長さにして書いておいただけです。
C君も覚えきれなかったので本当の私の役目はメモを見せる役です。(笑)

C君は真言を唱えたまま、額に手を当てたり、気合を入れたり、粗塩を振りかけたり、指先で背中に何か書くフリをしたり、肩をバンバンと叩いたり、いわゆる霊能者っぽい仕草を一通りやって貰ったわけです。

途中であまりの馬鹿々々しさに可笑しくなってきて笑いがこみあげそうになったりして大変でした。
Y君なんて俯いて必死で笑いを押し殺していましたけどね。

あまり短く終わると怪しまれるので10分程度は続けていました。

一通り終わった後にAさんに目を開けてもらいました。
とても晴れやかな顔になっています。
気分を聞いてみると
「とてもスッキリしました。肩も重かったのが凄く軽くなりました」
と言います。

背筋を伸ばして座ってもらっていたのでスッキリしても当然ですし、肩に至っては割と遠慮なくバンバン叩いていたので血行が良くなり軽くなった気がするのも当然です。

そして最後にC君が
「今貼ってある、御札はすべて剥がしてください」
その後に続けて私が
「どこかの神社かお寺でお焚き上げして貰って下さい。その時に1枚だけ新しく御札を頂いてリビングに必ず南向きに貼って下さい。複数の御札があると力が干渉しあって弱くなるので必ず1枚だけにして下さいね・・・ですよね?」
とC君に顔を向けると、C君もそれらしく頷きます。


Aさんはすっかり安心し晴れやかな表情で何度も感謝の言葉を述べて、謝礼まで渡そうとしてきましたが、もちろん固辞しました。
C君の連絡先を執拗に聞いてきたのも何とか誤魔化して躱し、そそくさとAさん宅を後にしました。

その後、Aさんは何も起きなくなったと言って普通に暮らして、2年後に実家に戻ったそうです。
除霊の真似事でしかありませんから効き目などある筈もありません。

つまりは気持ちの問題であっただけですね。

そもそも霊にとり憑かれるなんて事はまず滅多にある事ではありません。
その多くが気のせいであったり神経が過敏になっているだけです。霊にとり憑かれていると思った人の9割方はそういったものだそうです。
残りの1割も特に大きな悪影響を及ぼす事もなく、若干敏感な方なら気分的にすぐれないなと思う程度、見えてしまう人にとっては場合によっては少し怖い思いをする程度で、2〜3日で自然にいなくなる場合が大半です。

ただ状況によってはそう簡単に済まない場合もあるにはあって、霊との何らかの因縁がある場合などは受ける悪影響も少々大きくなることはありますし、簡単には離れてくれない事もあります。

よく悪霊云々などと言われますが、そんなのはほとんどいません。
テレビに出るような霊能者が大袈裟に言い過ぎなだけで、そんな酷いのが実際にいたらもっと大きな騒ぎになります。
Y君が手こずった事もあるにはありますが、それでも彼の40年以上の人生で数回しかありません。

posted by 未熟な修行者 at 01:46 | Comment(10) | TrackBack(0) | 日記